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眞野輝彦コラム
2006.06.15 「池の中の鯨」―ファンドの適正規模―
このところの株式のインサイダー取引問題と関連し、私自身の経験を一つ述べたい。外国為替専門銀行であった東京銀行での生活の中で、当然為替・資金関係の仕事が長かったのだが、今回の事件と為替市場取引の共通点が思い起こされたからである。
日本が戦後の廃墟のなかから復興し、自立するためには、外国貿易が不可欠との認識から、外国為替銀行法が成立したのは1954年である。英国とドイツでの勤務を終え、為替資金部に配属されたのは1965年であった。当時東京銀行の為替市場シェアは25%を越えていた。未だ厳格な為替管理のもと、取引全てがBroker経由、日銀に報告され、取引終了後日銀集計が発表されたため、シェア算出が可能だったのである。市場取引には相手が存在するため、全ての取引に参加してもシェアは50%ということになる。大きなシェアは、外国為替専門銀行のステイタス・シンボルであり、Price Leaderであったのだが、このようなClosed Systemの下では、同時に市場取引の悩みもあった。買えば相場は上昇し、売れば下がるからである。小判鮫と仇名された取引があった。東京銀行が買えば自分も買い、売れば売るというものである。管理法自由化とともに取引の自由度が増加し、小判鮫という仇名も無くなった。
今回の事件もファンド規模が小さい間は、市場取引でHigh Returnをあげえたのであろうが、市場規模に比較し資金量が急拡大すると、池の中で鯨が暴れる状態となり、高利益率の維持が困難になる。しかも株価水準が上昇し、鞘取引だけでは「資金の山」を扱いかねることになったことが事件の背景と思われる。圧力手段でもあった資金増大が、逆に自らへの圧力になった。外国から流入した巨額ファンドを日本市場だけで運用しようとしたことに無理が生じたのである。
証券取引所も国際的合併・統合の時代のプロには、海外市場で活躍しうる順法精神とKnow Howが不可欠なのである。
(注)
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