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眞野輝彦コラム

2006.08.31 「生産者責任と利用者責任」 ―シュレッダー事故に思う―

 シュレッダーで子供が指を切断する事故が報道された。守秘義務との関連もあり、この種の機器使用の裾野が広がる中で、このような痛ましい事故を回避するために、生産者側に従来以上の事故防止の工夫が求められることは言うまでもない。
 しかしながら利用者側にも、小さい子供が手の届かないように、投入口が側面ではなく上面にある機種の選択や設置場所の工夫が必要なことも当然である。
 親との不和から子供が自宅に放火した事件も報じられた。マッチで火をつけたようだが、この報道を聞きながら子供のときにアイロンに触り小さなやけどをし、祖母にその危険性を懇々と注意されたことを思い出した。事故が発生したからと言ってマッチやアイロンの生産者責任を追及する非難はあるまい。利用者の責任が当然視されているからである。
 米国での勤務時に、公衆電話ボックスに自動車が突っ込み、中にいた人が怪我をした事件が発生した。電話ボックスは中にいる人間にとって安全で頑丈なものではなかったと訴訟で製造者責任が問われたのである。この主張は退けられたが、その時訴訟社会米国の欠陥を見る思いがした。時は移り日本でも「他人に責任転嫁を試みる病」が蔓延し始めている。勿論、自動車が突っ込んでも壊れない電話ボックスは造ろうと思えばできないことは無い。しかしそれには余計なコストがかかる。一人の不注意者のために余分なコストを他の利用者に負担させる不合理は明らかである。
 コストとの関連で、関係省庁がシュレッダー事件を契機に、子供の指のサイズ調査を始めるとも報道された。財政赤字が累積する中で、利用者の少しの注意で回避できる問題に役所はいくらコストをかけるつもりなのであろうか。
 社会コストを圧縮するためには、生産者と利用者双方の責任の自覚が不可欠である。崩壊しつつある家庭のモラル再構築と役所のコスト意識の向上が不可欠である。

(注)

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