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眞野輝彦コラム

2008.09.22 「Lehmanの破綻と日本の長期信用銀行3行との共通点」

―1929年の大恐慌にも共通の背景が―

 Lehman BrothersがChapter11を申請したことで米国金融の不安定化とその海外への波及が心配されている。しかし日本の債券発行銀行問題を身近で経験した筆者には、「歴史は繰り返される」との感が強い。
 日本の債券発行銀行3行は不足する貯蓄を日本経済全体に配分させるため、戦後の意図的に細分化された金融システムの一部門であり、このシステムが高度成長を支えたことは言うまでもない。ところが日本の経常黒字の定着、換言すれば貯蓄が余剰に転じ、しかも自由化という金融環境変化のなかで、市場資金を債券発行で吸収し、産業資金を供給する特殊銀行の役割は変化せざるを得なかったのである。
 米国の主要投資銀行5行が、Globalizationが加速的に浸透する中で、今まで存在し得たのは、米ドルが国際通貨であったこと、IT技術を駆使して新しい商品改革をしてきたためである。しかしながらUniversal Bankingが主流となる金融環境の中で、市場資金依存に頼る金融機能は、激動する環境変化への抵抗力は弱い。みずから作り出してきた新商品がその引き金となったことは皮肉なめぐりあわせである。
 日米のこの繰返しの背景には共通点がある。思い上がりと自己規制の欠如である。
 日本の場合は、バブルにうかれ、同時にJapan as No.1と持て囃され、外国に学ぶことはもはや無くなったと思い上がっていた。世界変化を先取りした自己改革を怠っていたのである。
 米国も冷戦の終焉で世界唯一のSuper Powerであり、IT技術が今後も世界のカネを吸収できると思い込んでいたようである。1929年の大恐慌にも共通点がある。第一次世界大戦の戦場にならず、経済力をつけた米国は、Londonに代わって国際金融の中心となり、FordのT型自動車の大量生産方式を導入させた。C. Lindberghの大西洋横断飛行、Empire State Buildingは米国の強さの象徴であった。ところが新メカニズムの大量生産に需要が追いつかなくなると、一変してWall Street はBlack Monday の奈落の底に落ちたのである。
 今回の金融不安はITを使ったマネーの回転速度上昇と証券化により、傷の深さは、国内に限定された日本のバブル崩壊とは比較にならない。1929年恐慌では、社会主義国ソ連は枠外に置かれていたが、今回は中国株もロシア株も急落している。Decoupleどころか世界の一体化が進んでいることは前回指摘した。例え、金融システムが安定したとしても、世界の実体経済が回復軌道に乗るのは予想以上に時間がかかりそうである。

眞野輝彦 眞野 輝彦 (まの てるひこ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 客員研究理事
1956年4月東京銀行入行。本店営業部、ロンドン、デュッセルドルフ、為替部、ニューヨーク、フランクフルト、スイス東京銀行、調査部などに勤務
1985年6月東京銀行取締役に就任
1992年2月東京銀行 参与
1996年4月合併により東京三菱銀行 参与
1999年2月東京リサーチインターナショナル 参与
2004年2月東京リサーチインターナショナル 客員研究理事
2006年1月合併により三菱UFJリサーチ&コンサルティング 客員研究理事
その他役職日本商工会議所・東京商工会議所 政策委員会学識委員
国策研究会 評議委員会議長
国際通貨研究所 評議委員
東アジア共同体評議会 議員
日本国際フォーラム 委員
読売国際経済懇話会 特別会員
International Club of Bank Economists 会員

(注)

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