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眞野輝彦コラム

2009.08.21 「1997年アジア危機と今回の金融危機の違い」

―背後に通貨体制の問題も―

 今回の世界同時不況の原因である金融危機と1997年7月タイに始まり、周辺国に波及したアジア危機との間には大きな違いがある。
 アジア危機は、21世紀はアジアの世紀との予測から、大量資金がアジア各国に流入したのだが、受け入れ国は、この資金流入が持続すると期待し、資金運用を行った。短期調達・長期運用、為替相場リスクの軽視、更には生産性向上には直接繋がらない高級乗用車の輸入なども行われたのである。これらの現象を見て返済への不安を感じた海外投資家は資金の回収に走ることになった。タイと同じ状況が周辺国及び他の地域でも発生しているであろうとの連想から、資金引揚げがインドネシア、マレーシア、フィリピン、台湾、中国そしてOECD参加直後の韓国にまで波及したのである。資金回収の主因は資金を受入れた途上国側にあったのである。
 対照的なのが今回の東欧圏や一部CIS国からの資金引揚げである。地元の経済問題というよりEUの出先金融機関が、本国の金融危機に対処するため、東欧圏の融資を引揚げざるを得なくなったのである。
 もともと今回の危機は米国に端を発している。米国は対外債務国ではあるが、各国の米ドル外貨準備などが自動的に米国に還流する還流システムがある。他方、米国は米ドルが国際通貨として使われることの負担、即ち米ドルの流動性を自国経済のみならず、国際的資金需要に対応して調整しなければならない。最近の金融危機で最も流動性が不足したのは米ドルであったことがその証左である。
 現在の米ドルはIMF体制の固定相場を支えていた戦後とは違う。1ドルの価値が360円から100円割れに減価していることが何よりの証拠であり、このことが通貨体制見直論に繋がっている。しかし残念ながら米ドルに代わる受け皿通貨は見当たらない。ユーロは金融政策こそ統合されたものの、財政政策は個別国に決定権がある。円の国際的利用比率は低下している。BRICsなど途上国通貨にその機能がないことは言うまでもなく、またSDRなど人工通貨の使い勝手の悪さは克服されていない。
 米ドルの前に基軸通貨であった英ポンドとの交代の歴史を紐とくと、米国のGDPが英国に追いついたのは1860年代なのだが、英ポンドは戦後も英連邦を中心に決済通貨として機能していた。その間100年近い年月が経過している。技術移転がより容易になったことなど状況変化を考慮しても、米ドルに代わる新基軸通貨の出現にはまだまだ時間がかかるとの認識が肝要である。

眞野輝彦 眞野 輝彦 (まの てるひこ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 客員研究理事
1956年4月東京銀行入行。本店営業部、ロンドン、デュッセルドルフ、為替部、ニューヨーク、フランクフルト、スイス東京銀行、調査部などに勤務
1985年6月東京銀行取締役に就任
1992年2月東京銀行 参与
1996年4月合併により東京三菱銀行 参与
1999年2月東京リサーチインターナショナル 参与
2004年2月東京リサーチインターナショナル 客員研究理事
2006年1月合併により三菱UFJリサーチ&コンサルティング 客員研究理事
その他役職日本商工会議所・東京商工会議所 政策委員会学識委員
国策研究会 評議委員会議長
国際通貨研究所 評議委員
東アジア共同体評議会 議員
日本国際フォーラム 委員
読売国際経済懇話会 特別会員
International Club of Bank Economists 会員

(注)

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