世界水ビジネス市場と日本の水行政

2009/04/20 保志場 国夫
環境
資源循環
地域産業

世界の水ビジネスへ

1月から公開中のスパイ映画では、環境保護団体を隠れ蓑に、水の利権の独占をたくらむ悪との戦いを描いている。水資源の危機意識が薄い日本では、理解しにくい設定だったのではないだろうか。
(株)東レの推定によると、世界の水ビジネスの市場規模は約100兆円(2025年)。この大きな市場には、既に欧州の水メジャーといわれる大企業が参入し、上水道の民営化市場は上位3社で80%を握っている。
こうした中、わが国でも産業競争力懇談会(COCN)が報告書「急拡大する世界水ビジネス市場へのアプローチ」を策定し、昨年11月には、民間企業による「海外水循環システム協議会」が設立した。技術の強みを活かした新たな水ビジネス産業を育成し、有力な輸出産業とすることをねらいとしている。
世界の水に対する危機意識は高い。安全な飲料水を継続的に利用できない人々は、世界で約11億人、アジアで約7億人、東アジアだけで約3億人といわれている(2002年時点、WHO/UNICEFより)。
水資源の問題は、温暖化ガスの削減とともに、地球規模で解決しなければならない環境問題だ。ビジネスを通じて、日本は世界に大きく貢献できる可能性を持っている。

日本の水行政の不思議-1

そこで、私たちが毎日使う水道水について見つめ直そう。問題は少なくない。
例えば、良質な水源を持ちながら、おいしい水を供給できない自治体がある。水道水は、わき水や良質の地下水を消毒しただけが一番おいしく、次に上流の河川水などを原料として、緩速ろ過法という自然の浄化作用(微生物法)によって生成した水道水が二番目においしいといわれている(「おいしい水の探求」小島貞男より)。しかしながら、緩速ろ過法は名前の通り、ろ過速度が小さい(5~6m/日)。経済成長期の急速な都市化、そして急増する水需要に対応するため、薬品で浄化する急速ろ過法(薬品法)にとって変わった。そして味は悪くなった。人口の増加が予想される自治体では、自己水源の限界もあって、広域水道に頼らざるを得ない。
広域水道という仕組みは、都道府県などが浄水場などの設備投資を行い、将来の水需要の予測に応じて、その負担を各自治体に求めている。人口が予想を下回った場合でも、当初通りの「水道代」を支払う必要がある。将来人口を低く見積もればいいのだが、逆に人口が予想を超えると、ペナルティが生じる仕組みである。すると水が余る。水道代を支払っている広域水道の使用を優先し、良質な自己水源があっても、それを遊休化せざるを得ない。おいしくない水を高く買う。理不尽を感じている自治体職員は少なくない。人口減少社会となり、広域水道の問題はますます大きくなるだろう。

日本の水行政の不思議-2

また、水道水でおいしい水をどこまで追求すればいいのか、という課題がある。残留塩素によるカルキ臭が、おいしさを損なっていると言われているが、残留塩素は0.4ppm以下であれば、ほとんど臭気を感じないらしい。ところが、日本の水道法では0.1ppm以上と下限値だけが定められ、上限はない。場所によっては、何倍もの塩素が検出されているという。そこで、高度浄水処理水を選択する自治体がある。もともと急速ろ過法による水道水は、ほとんど薬代だと言われているが、さらにコストがかかる。
内閣府の調査によると、水道水をそのまま飲む人は4割弱、とくに大都市では3割を切る。一方、ミネラルウォーターの消費量は急増し、20年前の28倍である。そもそも、家庭では、トイレと風呂と洗濯で7割の水道水が使用される。これを「おいしい水」でというのはおかしい。「水道料金を値上げしてまで水道水の水質にこだわる必要はない」という人は増えている。おいしいさや水質の追求と社会コストのバランスを考える必要がある。
こうした日本の水道水にかかる問題は、水道水に係る制度やサービスの運用方法にある。技術だけに頼らず、顧客とのコミュニケーションを重視し、使いこなし方も洗練させる必要がある。

水のリーダーとなるために

前出の欧州の水メジャーに対して批判がある。例えば、民営化を進めた結果、逆に水道料金が高くなったという事例が報告されている。日本が、そうした的にならないと信じたい。
水市場でリーダーシップをとるためには、技術という強みを活かすことはもちろんだが、国・地域の実情に応じた適切なサービスを見極める巧みさが必要になる。技術の完璧さを追求して、「そこまでしなくても良いのに!」と言われないよう、時にはローテクも必要だ。ビジネスと国際貢献の使い分けも必要だろう。
そもそも、世界に打って出るのであれば、わが国の水道行政を並行して是正し、適切な制度を前提として民営化を進め、経営ノウハウを国内で蓄積する必要がある。国内と国外、省と省、国と地方、異なる枠組みを超えて、総合的な調整を進めるべき時機である。

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