高速ツアーバス事故への対応の経緯と位置づけ

2012/08/17 原田 昌彦
運輸・交通

高速ツアーバス事故とその後の対応をめぐる経緯

今年4月末に発生した関越自動車道での高速ツアーバス事故は、乗客7名が死亡する大惨事となったが、今般の事故では、法令で認められていない日雇い運転手が運転し、健康状態の確認等を行う点呼も実施していなかったなど、多数の法令違反が確認された。ここでいう「高速ツアーバス」とは、旅行業者が貸切バスを使って2地点間の移動を目的として運行する募集型企画旅行(パック旅行)であり、乗合バス事業者が運行する「高速乗合バス」(いわゆる高速バス)とは制度上異なるが、実態としてはほぼ同じサービスである。
事故を受けて国土交通省は5~6月に高速ツアーバスを運行する貸切バス事業者と旅行業者に対する緊急の重点的監査を行い、その結果を公表するなどの緊急対策を実施した。さらに7月には、高速乗合バスと高速ツアーバスを一本化し、安全確保措置を厳格化した新たな高速乗合バス制度への早期移行を促進することを発表した。
このように、一見すると迅速な対応がなされたのは、この制度改革がすでに用意されたものだったからである。2007年2月に大阪府吹田市で発生し、添乗員1名が死亡したスキーバス事故とその後の各種安全確保対策や、2010年9月の総務省行政評価局から国土交通省に対する「貸切バスの安全確保対策に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」を踏まえ、国土交通省は2010年12月に「バス事業のあり方検討会」を設置した。翌11年6月の中間報告では、(1)高速乗合バス規制の見直しと、高速ツアーバスから新たな高速バスへの移行促進、(2)貸切バスに関する運賃・料金制度のあり方の検討、法令遵守の徹底、旅行業者等の発注者との相互理解の促進、という方向性が示された。その後、12年3月に最終報告がとりまとめられ、12~13年度に実行に移そうとしていた矢先に、関越自動車道における高速ツアーバス事故が発生したのである。

需給調整規制廃止に伴う問題解決策としての高速バス・貸切バス対策

こうしてみると、一連の対策がもっと早く実施できていれば、という思いが拭えないが、行政における意思決定スピードの問題は他稿注)に譲るとして、ここでは、対策内容に関する2つのポイントを指摘しておきたい。
1点目は、高速バス市場における競争条件の整備である。高速ツアーバスが急速に成長を続ける一方で、高速乗合バスの成長は鈍化・低迷している要因として、通勤・通学など生活交通としての利用を想定した厳格な規制が課せられる高速乗合バスが条件不利との指摘がある。今般の高速バスの制度改革は、高速ツアーバスという新たなビジネスモデルの台頭に対して、既存のビジネスモデルである高速乗合バスとの公平な競争条件をいかに整備するかがポイントである。
2点目は、貸切バス市場における需給のインバランス対策である。貸切バス市場では、需要の増加が限定的な中で事業者数・車両数が増加しており、価格競争が激化している。その結果、安全性の低下や運転手の労働条件の悪化が生じていることから、前述した法令遵守の徹底や運賃・料金規制の見直し等が必要とされている。これらについては一部の議論に積み残しがあり、高速バスの制度改革にやや遅れて、2012年度中に結論を得るとされているが、需給のインバランスに伴って生じる問題点への対策がポイントとなっている。
これらはいずれも、1990年代末から2000年代初頭に進められた一連の交通サービス全般にわたる需給調整規制の廃止により生じた問題への対応として位置づけられる。すなわち、2000年に貸切バス事業、2002年に乗合バス事業の需給調整規制が廃止された結果、貸切バスを使って乗合バスに類似したサービスを提供する高速ツアーバスが可能となり、また、貸切バス事業への新規参入が相次ぐことで、貸切バス事業者間の競争激化や実勢運賃水準の低下が生じたのである。
このように捉えると、高速バスや貸切バスの例から、ほぼ同時期に需給調整規制が廃止された他の交通サービスへの示唆も得られよう。特に、わが国の航空市場では、今年に入ってLCC(Low Cost Carrier:格安航空会社)3社が相次いで新規就航し、欧米やアジア諸国に遅れながらも、新たなビジネスモデルとして台頭しつつある。LCC参入により航空市場の拡大が期待される中、需給インバランスが生じた際の安全確保対策の徹底、行政当局における監査体制の強化等、適時・適切な対策が求められる。

注)「政策転換のスピード感~港湾政策を例に~
海運・港湾の経験に学ぶべき航空自由化

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