官民の「アリーナ」と自治体に求められる視点(後編)必要となる受益者負担のあり方

2019/02/01 安田 篤史
自治体
スポーツ
官民協働

本稿の前編では、「アリーナ」の出発点となる日本の体育館の状況と民間主体による大型のアリーナ施設の現況を概観し、アリーナ施設の潮流を概観した。後編では、主に採算性の観点からみた官民における事業姿勢の違いと事業主体となる自治体に求められる視点について考察を行う。

1.アリーナの整備・運営における官民の違い

①民間における事業姿勢
民間主体による整備・運営の場合、当然のことながら事業としての採算性を確保することが前提となる。具体的には、スポーツイベントやコンサートの誘致・開催件数をはじめとした需要の見極めや利用者像の絞り込み、事業費の精査を通じた収支検討等が行われ、適正な利益水準を得るために必要な施設内容が決められることになる。もし適正な利益を得ることが困難と判断された場合、大型の寄付等により資金繰りの目途が立たない限りは、事業自体が白紙となることも十分に想定される。

また、施設構成の点から、アリーナと収益施設の複合化が図られるのであれば、付加価値の高い収益施設の誘致(営業活動)、収益施設と連動したアリーナのレイアウト設定、複合施設における一体的な運営体制の構築等が構想段階から志向されると考えられる。事業条件から施設の複合化が難しく、アリーナ単体でしか整備・運営できない場合においては、安定した需要見込みの精査、需要に見合った施設設計、その他建設・管理運営時におけるコストダウンの取り組みがより強く求められるだろう。

さらに、アリーナ施設の事業規模から、特に整備に当たっては、民間事業者は金融機関等から資金調達を行うことが一般的と考えられ、特にプロジェクトファイナンスの場合は第三者による事業の精査が事業開始前に実施されることが特徴といえる。

②公共における事業姿勢
自治体がアリーナ施設の事業化を図る場合において、市民から徴収する税を事業の主な財源とすると、アリーナの利用において特定のコンテンツやユーザーのみを優遇することは公平性の観点から原則として許容されない。従って、日本におけるアリーナ施設が体育館の延長線上として扱われている実態を踏まえれば、既存の体育館の利用者をベースとしながら幅広い利用者層に対応することが自治体のアリーナにおける施設計画上の出発点となっていることが多い。特に、「観ること」よりも「すること」に重きを置く市民の活動の場としての利用を想定する場合、その利用を受け入れるために利用料金は低廉に設定される傾向がみられる。このため、自治体のアリーナでは多くの利用者が比較的容易に施設を利用することができる一方、施設としては採算性の確保が厳しい事業構造になりやすいと考えられる。これは、利用者の属性ごとに利用料金の価格差を設けた場合においても、年間の利用可能日数には限りがあるために収益性の高い催事を多く開催しづらいことが理由として挙げられる。このようなことを背景とし、公共からの財源投入がなされているのが実情となっている。

また、元々自治体が独立採算を前提とした事業を展開する組織体ではないため、自治体が独力で採算性の確保や収益拡大を図ることは構造的に難しい状況にある。官民連携を図るPPP/PFIにより、民間事業者のノウハウを活用して事業の採算性を向上させる取り組みも少なくないが、自治体が事業主体の場合、ほとんどのケースで民間事業者の公募手続きが求められるため、事業に対する民間事業者の裁量・権限が狭められてしまい、民間主体の事業と比べると民間事業者がそのノウハウを発揮する機会は限定的となっている(ⅰ)

加えて、仮にPPP/PFIにより民間資金を活用して事業を推進したとしても、公共から財源が何等か投入される限り、金融機関は事業単体の採算性に自治体の与信力を上乗せして事業の成立可能性を判断するため、金融機関等の第三者による事業精査の範囲は民間主体の事業と比較すれば限定的なものとなる。

2.自治体に求められる視点

①事業姿勢の違いに対する理解と受益者の想定
前節では、主に採算性からみたアリーナの整備・運営における官民の違いを整理した。このような差異は、事業単体における来場者等の消費に基づき採算性を確保するか、あるいはエリア(地域)全体として波及効果を得ることを目的とするかという考え方の違いに起因しており、前者は民間主体、後者は自治体の事業姿勢とみなすことができる。

このことは、簡潔にいえば事業の便益及び受益者をどのように捉えているかという点に帰結するだろう。すなわち、民間主体の事業は受益者=消費者であり、施設内での消費のみが事業の対象となっているのに対し、自治体の場合は実際の来場者だけでなく施設外における効果(スポーツ人口の拡大や周辺の飲食店の売上増加とそれに伴う税収増加、地域内雇用の増加、地域への愛着増進等)を意識し、受益者の範囲を市民全体に広げるために事業が組み立てられているということである。受益者の対象を純粋な来場者から拡大することにより、税を事業の財源として充当することの社会的な合意形成を図っているともいえる。

事業単体の採算性を単純に確保しようとすると、大型アリーナ施設も民間事業者により供給される可能性を持つことから、税を積極的に投入して受益者の想定範囲を実際の消費者から広げることは必ずしも望ましいことではない。一方、受益者の対象範囲を拡大することで、事業単体の収支に捉われない長期的な視野に立った政策推進も可能になる。例えば、アリーナにおいて市民によるスポーツ利用を促進し、スポーツ人口の裾野拡大による市民の健康増進や競技レベルの将来的な向上を図るという政策的な判断が挙げられるだろう。ここで重要となるのは、事業単体の収支よりも優先すべき政策上の目的があるかという点であり、より直接的に言えば、当該施策に税を投入するだけの価値(公共性)及び社会的合意が存在しているかということである。このことは、アリーナにおける受益者をどのように設定するかという点に等しく、その判断のためには事業を通じた効果のあり方について密に検討する必要があると考えられる。

②施設利用における「受益者負担」の明確化
先述のとおり、アリーナの整備・運営に財政負担を伴うのであれば、事業における政策上の目的を明確化し、財政負担に応じた受益が施設利用者以外にも及ぶように配慮することが重要である。一方で、昨今の自治体における財政状況を考慮すると、施設利用者に求める費用負担をどのように設定するかについても踏み込んだ判断が必要となる。この点に関し、近年、公共施設の利用における「受益者負担」に関する考え方がいくつかの自治体で整理されつつあり(ⅱ)、庁内で統一的な基準に基づき公共施設の使用料(利用料金)の水準が設定されるようになってきている。従来の公共施設では類似施設の料金水準等を指標として使用料が設定され、施設の実情に基づいた料金設定があまりなされなかったのに対し、このような基準の整理により公共施設に関する費用と受益者負担のあり方が見直されたのは大きな進展とみられる。

ただし、多くの自治体では受益者負担の対象となる費用を維持管理・運営費(ランニングコスト)のみとしており、土地代や建設費といった初期投資費用(イニシャルコスト)に関しては、特別会計や公営企業会計等により完全な独立採算事業として位置づけられる施設を除き、受益者負担の対象外として扱われている。さらに、維持管理・運営費の中でも、資本的支出にあたる大規模修繕は受益者負担の範囲に含めないことが多いため、狭義のランニングコストが一般的な受益者負担における算定対象費用となっている。こうした対象費用と受益者負担の関係について、多くの自治体で整理されている考え方をイメージ化したものが図表 3である。対象費用に占める受益者負担の割合は、施設特性に応じて0~100%の中で設定される。仮に100%が選択された場合は、維持管理・運営費はすべて受益者からの料金で賄うという施設として位置づけられることになるため、狭義のランニングコストに関していえば独立採算型の事業とみなすことができる(ⅲ)

図表 3 受益者負担の考え方にみる費用と負担の関係(イメージ)

大規模な集客を図るアリーナの場合、高い利用料金を回収可能なイベントを開催しやすいことから、維持管理・運営費を超える部分についても受益者負担の対象とできる可能性がある。実際に、コンセッション事業(公共施設等運営権制度を活用したPFI事業)として推進されている「有明アリーナ管理運営事業」(ⅳ)では、施設の利用料金を民間事業者の収入とする一方、有明アリーナの管理運営に係る費用をすべて民間事業者の負担としたうえで、運営権対価(税込64億円以上)及び業績連動支払の設定により民間事業者が都側に納付金を支払うスキームが採用されている。従って、上記の受益者負担の関係からみれば、当該事業では狭義のランニングコストに加え、広義のランニングコストもしくはイニシャルコストの一部を回収する仕組みとみることができる。有明アリーナにおける恵まれた事業環境を考えれば他のアリーナ施設に適用できるスキームとはいいがたいが、受益者負担との関係から事業性を考慮することは有用と考えられる。

③催事の奪い合いに対する配慮
日本のアリーナスポーツの現状を考えると、人気が高まりつつあるとはいえ試合の開催日数が限られることから、ほとんどのアリーナでは特定のコンテンツを常時開催することができるとはいいがたい。コンサートの場合においても、同一のアーティストが年間で複数回同じアリーナを利用する可能性は極めて低いとみられる。従って、サッカー等の中心的なコンテンツが絞られているスタジアムと比較すると、アリーナにおいては施設の稼働を高めるためにジャンルを超えた多様な催事を開催する必要があり、催事ごとに来場者層が大きく異なるという点は、官民のアリーナに共通している特性ともいえる。また、今回想定したアリーナに類似した施設として展示場やホール施設等が挙げられるが、催事によってはこれらの施設が利用される可能性も想定される。これらのことを踏まえると、アリーナにおける用途は官民だけでなく行政同士でも競合しやすく、エリアによっては催事の奪い合いとなることが十分に考えられる。

この点について、直接的な受益者となる消費者にとってはどのアリーナ(類似施設を含め)で催事が開催されようともそれほど大きな影響はないだろうが、間接的な受益者である多くの市民にとっては催事が奪われることでアリーナによる便益がほぼ得られなくなるといえる。従って、先述のような受益者像の設定だけでなく、いかにエリア内の施設状況や受益者の分布に留意し、そのアリーナが実際に機能できるかを見極めることも必要である。

現在、国が推進するアリーナとして積極的な事業展開が可能な施設は、立地や施設規模、既存の類似施設数を考慮すると必ずしも多数とはいえない。従って、新設・改修・建替の形態を問わず、「アリーナ」の推進を図る自治体においては、アリーナに期待する役割とともに施設内外における「受益者」の考え方を今一度整理し、新規整備のみならず、既存のストックである体育館の活用・再編も含めた、総合的な判断を進めることが不可欠である。


(ⅰ)このような状況に対し、事業に関する公募手続きを行う前に官民対話やサウンディング(民間意向把握)を実施することで、民間事業者のノウハウをできるだけ発揮しやすくする取組みが行われている。
(ⅱ)北九州市「公の施設に係る受益と負担のあり方」(平成29年12月)、我孫子市「受益者負担のあり方に関する基本方針」(平成21年5月策定、平成29年4月改訂)、横浜市「『市民利用施設等の利用者負担の考え方』について」(平成24年4月)、名古屋市「公の施設に係る受益者負担のあり方に関する報告書」(平成16年11月)等が挙げられる。このような公共施設における受益者負担の考え方については、政令指定都市が比較的多く公表している。
(ⅲ)受益者負担の考え方においては、公共施設の特性を①日常生活を営む上で、最低限必要となるか(=必需性)と②収益性が高く、民間によるサービス提供が期待できるか(=市場性)に区別し、その度合いを施設種別ごとに分類したうえで、施設に係る原価計算の結果と照らし合わせた使用料設定を行っている場合が多い。
(ⅳ)平成31年1月16日現在、事業を実施する民間事業者の選定手続きを行っている。

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