中山間集落のレジリエンスに機能する「住民によるインフラ管理」と「余剰社会資本ストック」ポストコロナ時代における地域政策の展望 シリーズ

2022/05/30 境 翔悟
まちづくり
地方創生
地域産業
産業振興

新型コロナウイルス感染症の拡大は、中山間地域においても、地域社会や経済活動に影響を及ぼした。同時に、地方移住への関心の高まりや新しい働き方・暮らし方の普及など、さまざまな動きが生まれており、新しい中山間地域政策の重要性が認識されている。

中山間地域の有する多面的機能が発揮されるためには、集落自体の持続可能性が重要となることから、災害等に対するレジリエンスの維持・向上を図る必要がある。本稿では、中山間集落が旧来から有しているリソースに注目し、レジリエンスの維持・向上に向けたカギを探る。

1.住民によるインフラ管理

2010年代に入り、地方自治体における人口減少や財政状況の悪化を背景に、公共インフラの維持管理について、住民の経済的負担の増加を避けるため維持管理の一部を住民が担う手法の検討が議論されるようになった1。直近では、日常的にインフラを利用する住民がインフラの点検等に協力する有効性(国土交通白書2020)、官民連携による道路管理の充実の必要性(国土交通白書2021)などが指摘されている。

住民によるインフラ管理の事例の中でも、住民による道路の維持管理への参加については活動の普及や知見の蓄積が進んでいる(図表1)。住民が道路の維持管理に参加する事例は、主に中山間地域にみられる「住民の主体性を行政が支援する仕組み」と、主に都市部にみられる「行政と住民が連携・協働する取り組み」に大別することができる。特に前者の取り組みは、長い歴史をもつものも多い。

かつて、日本の中山間地域では、道普請2や溝普請3に代表されるように、住民が協力してインフラを整備し、維持管理を続けてきた。そして現在も、道路を住民主体で維持管理する取り組みや、簡易水道、飲料水供給施設4の管理運営などの形で脈々と続く取り組みが多くある。

住民の経済的負担の増加を抑えつつ、インフラを維持していくにあたって、地方自治体は適切な支援を行うことが求められる。地域のインフラに関する住民の知見や、住民によるインフラ管理の経験を最大限活用するとともに、その継承を図っていくことが有効である。

図表1 住民による道路の維持管理への参加の事例
図 住民による道路の維持管理への参加の事例
資料)国土交通省平成17年度手づくり郷土賞地域活動部門「道路清掃による村づくり」、徳永達己・武田晋一「地方創生に向けた住民参加型インフラ整備工法の適用可能性に関する研究―国内の事例検証および産業連関表による事業効果分析を通じて―」(国際開発研究26(2), 2017)、松田浩「「観光ナガサキを支える“道守”養成ユニット」~産学官民連携による新しい社会資本整備への挑戦~」(インフラ・イノベーション研究会第10回講演会, 2012)、千葉市HPをもとに作成

2.中山間地域に眠る余剰社会資本ストック

一方で、日本の中山間地域には、戦後の急速な近代化によって使用されなくなったインフラも存在する。舗装道路が整備される以前に使われていた里道、近代水道以前に生活用水の供給を担っていた湧水や谷水、井戸などである。本稿では便宜上、これらを余剰社会資本ストック5と呼ぶこととする。

里道や湧水等の余剰社会資本ストックが、荒廃しないように適度に管理されていることにより、災害時に道路や水道の寸断などが発生した際に、その修復までの間、住民は余剰社会資本ストックを代替のインフラとして一時的に使用することができる。また、高齢化や過疎化により、空き家や耕作放棄地の増加の問題が深刻化しているが、仮にこの家屋や農地がさしあたっての利用が可能な状態に管理されていれば、同様に余剰社会資本ストックとして、自宅が被災した際の一時的な居住先、さらには転居先としても機能する可能性がある。

しかしながら、地域社会において、特に里道や水源などに対する知見が、住民の世代交代により失われつつあることや、空き家・耕作放棄地の荒廃等、管理上の問題も山積している。住民の余剰社会資本ストックに関する知見の継承や、その維持管理の継続を促すためには、利用可能な状態で維持することの効果や重要性の理解を喚起していくことが求められる。

3.中山間集落のレジリエンスの展望

住民によるインフラ管理が行われている地域では、文字通り道路の整備や水道の維持管理などを、住民が主体的に行うことのできる集落の力や知恵を有している(図表2、3)。日本の中山間地域の多くは、急峻な山間部の山腹や谷沿いにあるため、自然災害のリスクが高いが、軽度の道路破損や断水であれば、行政に頼らず住民だけで修復することが可能である。加えて、インフラが修復に時間を要するほどの被害を受けた際には、平時には役割を持たない余剰社会資本ストックが、インフラの代替機能を発揮する可能性がある。

以上の中山間集落型のレジリエンスが発揮されるためには、行政によるマネジメントや支援の在り方がカギとなる。地域によるインフラ管理や余剰社会資本ストックの情報・知見は、これまで集落内で完結していた。しかし、より一層深刻化する高齢化・人口減少によって担い手不足が深刻になる中では、行政による適切なサポートが必要となる。

図表2 住民による水道の維持管理の様子
写真 住民による水道の維持管理の様子
資料)筆者撮影(熊本県)
図表3 住民によって整備された竹のガードレール
写真 住民によって整備された竹のガードレール
資料)筆者撮影(熊本県)

例えば、農業インフラの維持に関しては、農林水産省の開催する検討会がとりまとめた「地方への人の流れを加速化させ持続的低密度社会を実現するための新しい農村政策の構築」6において、人口減少社会における長期的な土地利用の在り方として、農地の粗放的利用や農業生産の再開が容易な土地としての利用等にかかる仕組みの構築の施策が示されている。また、その具体的な支援策として、農山漁村振興交付金における最適土地利用対策が制定されている。これらの施策や支援策における「持続可能な土地利用の推進」を、農地だけでなく集落全体の土地利用にスポットを当て、農業生産の目的のみならず、中山間集落のレジリエンス向上を目的とした方向にも拡張することで、集落としての持続可能性に寄与できるのではないか。

また、各自治体において、中山間地域における集落単位でのインフラの情報を収集、整理し、蓄積することも重要である。暗黙知とされていた中山間集落型のレジリエンスの機能を顕在化させることで、適切な施策、支援策の検討体制を構築することが望まれる。


  1. 国土交通省「国土交通白書2014」
  2. 道路の清掃や保全、修繕等に際して、地域の住民が定期的または不定期で行う共同作業。
  3. 主に田植えを行う前の時期に行われる、農業用水路やその周辺を清掃し、水田に通水するための共同作業。
  4. 水道法上の水道にあたらない生活用水供給システムで、一般的に給水人口が100人以下の水道を指す。
  5. 社会資本ストックは、一般的に公共投資によって形成されてきた社会資本の蓄積を指すが、本稿では、中山間地域において営まれてきた人々の生活の上で、生活の基盤として利用・活用がされてきた自然資源、人口構造物等も含めて社会資本ストックとして扱う。
  6. 農林水産省の開催する「新しい農村政策の在り方に関する検討会」および「長期的な土地利用の在り方に関する検討会」の議論のとりまとめとして、令和4年4月に発表された。
    https://www.maff.go.jp/j/study/tochi_kento/attach/pdf/index-121.pdf

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