炭素市場の動向~パリ協定6条に関するCOP27決定の解説(1)~協力的アプローチのためのガイダンスについて

2023/03/24 石川 貴之、山口 和子
気候変動
脱炭素
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カーボンニュートラル
エネルギー

はじめに

2022年11月に開催されたCOP27/CMA4では、パリ協定第6条2項および3項で規定される「協力的アプローチ」を実施するための詳細なルールが採択された。大まかなガイダンスは前年に開催されたCOP26/CMA3で採択済みであったが[1]、前回会合では決定を先送りした論点も多く、今次会合ではそうした点について締約国間で交渉がなされた。結果として、CMA4では積み残しとなっていた議題の大部分については合意がなされたものの、合意に至らず検討を継続することになったものもある。本稿では、CMA4で採択された決定およびその附属書の内容を踏まえ、協力的アプローチに関する最新のルール形成動向を解説する。

1.CMA3(グラスゴー)決定の振り返り

協力的アプローチでは、緩和活動の成果である炭素クレジット等(ITMOs)を、緩和活動が行われたパリ協定締約国(創出国)から他の締約国に移転し、ITMOsの獲得国はそれを自国のNDCの達成に使用することが可能である。CMA3で採択された協力的アプローチのガイダンスでは、ITMOsの定義や二重計上の回避方法である相当調整、締約国による協力的アプローチに関する報告およびそのレビュー等の大原則が規定された。

一方で、ITMOsにおける排出回避のあつかいや、相当調整の実施手法に関するさらなるガイダンス、報告のための様式やインフラストラクチャー、レビューのためのガイダンス等については、引き続き検討し、CMA4で詳細ルールの採択を目指すこととなった。

図表 1 CMA3での決定とCMA4に向けた作業事項
CMA3での決定とCMA4に向けた作業事項
(出所)CMA決定文書を基に当社作成

2.CMA4(シャルムエルシェイク)決定の解説

CMA4では図表 1の右列に示す6つの論点が取り上げられ、そのうち協力的アプローチの早期実施のために特に重要度の高い「報告のための表とアウトラインの様式」、「インフラストラクチャーに関するガイダンス」、「レビューに関するガイダンス」の3つについて詳細ルールが採択された。一方で、「LDCs/SIDSの特別な状況」、「相当調整のさらなるガイダンス」、「排出回避のあつかい」の3つについては、検討を継続し、CMA5以降での採択を目指すこととなった。そこで、本稿では先の3つの論点を取り上げ、以下で解説する。

(1)報告のための表とアウトラインの様式

協力的アプローチに参加する締約国は、ITMOsのNDCへの使用や相当調整の方法といった協力的アプローチに関する情報を、UNFCCC事務局に報告することが求められる。CMA3では、初期報告、年次情報、定期情報の3種類の報告の提出義務と、それぞれで報告すべき情報が定められた。それを踏まえて、今次会合では、当該報告を提出する際に締約国が使用すべき表やアウトラインの様式が採択された。一方で、暫定的に採択された様式やまだ採択されていない様式も存在し、これらについてはCMA5に向けて引き続き検討されることとなった。

図表 2 CMA4までの決定と今後の作業事項(報告のための表とアウトラインの様式)
CMA4までの決定と今後の作業事項
(出所)CMA決定文書を基に当社作成

(2)インフラストラクチャーに関するガイダンス

協力的アプローチに参加する締約国により承認されたITMOsの記録や追跡を行う目的で、締約国は各国独自の登録簿の整備や、事務局が整備する国際登録簿を使用することが求められる。CMA3では、上記の登録簿に加え、事務局が主体となり、締約国によって報告された情報を記録・格納するための6条データベース、および、各種報告を提出・公開するための中央計算・記録プラットフォーム(CARP)を開発することを決定した。それを踏まえて、今次会合では、登録簿と6条データベース、CARPの開発に関するガイダンスが採択された。締約国や事務局は、採択されたガイダンスに従い、今後各種システムの設計・開発を進めることとなる。協力的アプローチを取り巻くインフラストラクチャー全体が完成するのは2025年6月頃になる見込みであり、それまでの間は、各国による各種報告の提出・公開場所を事務局が暫定的に整備する予定である。

図表 3 CMA4までの決定と今後の作業事項(インフラストラクチャーに関するガイダンス)
CMA4までの決定と今後の作業事項
(出所)CMA決定文書を基に当社作成
図表 4 6条データベースとCARPの開発スケジュール
6条データベースとCARPの開発スケジュール
(出所)CMA決定文書を基に当社作成

(3)レビューに関するガイダンス

協力的アプローチに参加する締約国が提出する報告のうち、初期報告と定期情報については、6条技術専門家のレビューチームによって情報の整合性がレビューされ、レビュー結果に関する報告書が作成される。CMA3では、レビューは机上審査(デスクレビュー)または中央審査(セントラライズドレビュー)の様式で行われ、作成された報告書はCARPにて公開、かつ、CMA1決定18附属書VII章の技術専門家レビュー(パリ協定13条に基づき実施されるNDCの実施進捗などに関するレビュー)での検討のために転送されることが決定した。それを踏まえて、今次会合では、審査の範囲や対象となる情報、関係者の役割、レビューチームの組成方法、審査手順などを記したレビューガイダンスに加え、レビュー結果の報告書の様式、審査官の訓練プログラムの内容が決定した。

図表 5 CMA4までの決定と今後の作業事項(レビューに関するガイダンス)
CMA4までの決定と今後の作業事項
(出所)CMA決定文書を基に当社作成
図表 6 レビュー手順
レビュー手順
(出所)環境省「COP27 パリ協定6条(市場メカニズム)決定事項概要」(2023年3月)

おわりに

本稿では、CMA4での決定事項を踏まえて、協力的アプローチの実施のためのルール形成に関する最新動向を解説した。実施ルールの大半は具体化されたものの、一部の細かな論点についてはCMA5に向けて検討作業が進められる予定である。また、ITMOsの記録や追跡のためのインフラストラクチャーについては、全体の完成が2025年6月頃になる見込みであり、実施環境が完全に整うまでにはまだ時間がかかることが予想される。
とはいえ、協力的アプローチの実施に必要な最低限のルールは既に定められており、アプローチに参加する締約国や排出削減・吸収プロジェクトを実施する民間企業等の早期の活動開始を阻害する因子はない。実際、日本の二国間クレジット制度(JCM)やスイスのKlik財団が進めるITMOsの調達プログラムなど、協力的アプローチの運用は既に開始されているのである。本稿の解説が、官民問わず、協力的アプローチの活用を検討する全ての機関や企業にとって有益なものとなり、日本においてもJCMの活用がこれまで以上に促進されれば幸いである。

本文中の略称一覧(アルファベット順)

略称 正式名称(英語) 和訳
A6TER Article 6 Technical Expert Review 6条技術専門家レビュー
CARP Centralized Accounting and Reporting Platform 中央計算・記録プラットフォーム
CMA Conference of the Parties serving as the meeting of the Parties to the Paris Agreement パリ協定の締約国会合
COP Conference of the Parties 国連気候変動枠組条約の締約国会合
GHG Greenhouse Gases 温室効果ガス
ITMOs Internationally Transferred Mitigation Outcomes 国際的に移転される緩和成果
LDCs Least Developed Countries 後発開発途上国
NDC Nationally Determined Contribution 国が決定する貢献
OIMP Other International Mitigation Purposes その他の国際緩和目的
OMGE Overall Mitigation in Global Emissions 世界全体の排出削減
SIDS Small Island Developing States 小島嶼開発途上国
UNFCCC United Nations Framework Convention on Climate Change 国連気候変動枠組条約

[1] CMA3での決定概要については、「COP26で動き出す脱炭素ビジネス:パリ協定第6条に関する国際会議の決定概要編」を参照されたい。
[2] 協力的アプローチに関するガイダンスの附属書パラグラフ23(j)で規定されるITMOsの初回移転量/NDC達成への使用量等の情報について、協力的アプローチ別、セクター別、移転国別、使用国別、ITMOsの削減年別の情報を報告するための表の様式については、CMA5での採択を目指すこととなった。

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