根拠に基づく警察・防犯政策(EBPolicing)を考える(2)米・英における人材育成・確保の事例

2023/04/12 土方 孝将、池田 貴昭、森芳 竜太
防犯
安全
EBPM

1.はじめに

根拠に基づく警察・防犯政策(EBPolicing)を考える ①的確に犯罪情勢を捕捉するには」では、警察・犯罪政策におけるEBPMであるEBPolicingの推進に向け、犯罪情勢の的確な捕捉に向けた課題等について述べた。

本稿では、行政改革推進会議アジャイル型政策形成・評価の在り方ワーキンググループにおいてデータを利活用した意思決定ができる基盤の整備とともに提言された「人材の育成・確保」に焦点を当て、日本のEBPolicing推進に向けた人材の在り方について、アメリカ・イギリスの事例を紹介する。

2.EBPolicing推進に向けた人材育成・確保の事例

(1)アメリカの事例

アメリカでは、法執行機関(Law enforcement agency)が連邦や州、市単位で設置されている。警察政策学会外国制度研究部会(2017)[]によると、全米の警察機関は約18,000に上り、組織単位も大小さまざまであるという。規模や所掌等が異なる実態に鑑みると、アメリカの警察機関における人材育成の在り方を一般化して論じることは困難であり、先進事例に注目することが有効だと考えられる。そこで本節では、ジョージ・メイソン大学が2008年に設立したCEBCP(Center for Evidence-Based Crime Policy)[]のLumらによる文献[],[]を紹介し、キャリア段階に応じたEBPolicingに関する専門性開発(professional development)のモデルと、そのうち入職前段階での取り組み事例を見ていく。

①キャリア段階に応じたEBPolicingに関する専門性開発モデル

LumらはEBPolicingに関する専門性開発のモデルを図表1のように整理している。Academy TrainingとField Trainingは入職前、In-Service Training以上は入職後の段階(現職)にあたる。なお、Field Trainingは警察学校卒業後の試用期間にあたるが、本章ではこの段階も含めて入職前と呼ぶ。

Academy Training(警察学校での学習段階)は、法律や各種規則等と共に、効果的な防犯の方法、地域住民との信頼構築の手法など、研究の知見について学習する段階である。また、Field Training(警察学校卒業後、試用期間での学習段階)は、警察学校で学んだ内容を実地場面で適用する段階である。こうした入職前段階での学びを経て、In-Service Training(現職の学習段階)では、知識のアップデートを図りつつ、職階や職責、経験年数等に応じてより専門特化的な学びを深めたり、研究者との連携を深めていったりすることとなる。

したがってLumらのモデルは、研究の知見そのもの、また「知見を実践場面に適用する」という視点を入職前段階で学ぶことを前提に、入職後においても知見の適用方法についての理解を深めたり、知識のアップデートを図ったりすることを整理したものと言える。また、モデルの中では「研究の実施」は含まれておらず、これらは研究者の役割として考えられている様子がうかがわれる。すなわち、警察官はEBPolicingの“実践家”として位置づけられていると言えよう。

図表 1 EBPolicingに関する専門性開発のモデル
EBPolicingに関する専門性開発のモデル
資料:Lum, C. & Koper, C. S. (2017). Evidence-Based Policing Translating Research into Practice. Oxford University Press.より作成

②Academy Trainingで参照可能な取り組み―The Matrixの活用

それでは、日本でEBPolicingに関する人材育成の取り組みを強化する上で、アメリカの事例から何を参照できるか。前述のとおり、Lumらのモデルは、Academy TrainingとField Trainingを基盤としていた。そこでLumらによる文献より、入職前段階における取り組み事例を紹介する。

まず、Academy Trainingで参照可能な取り組み事例として、CEBCPのホームページで公開されているThe Matrixの活用が挙げられる。The Matrixとは、既存研究の位置づけを3次元で整理するフレームワークであり、X軸は施策のターゲット、Y軸は施策の特化性(犯罪防止に向けたメカニズムの特異性)を、Z軸は施策が予防的かどうかを表す(図表 2)。この3次元上に、有効性に応じて異なるアイコンをプロットし、アイコンから論文のサマリへとリンクする仕組みとなっている。論文のサマリでは、研究概要や方法、結果・考察等の情報が簡単にまとめられている。したがって、“実践家”である警察官が、直感的に分かりやすい形で必要な情報にアクセスできるようになっている。

Lumらによると、The Matrixの活用は、指導者の育成・確保に係る課題を解消することにつながるという。EBPolicingに関するカリキュラムを提供するためには、指導者側が最新の研究結果・知見に習熟している必要があるが、そのための人材育成や外部講師の雇用にはコストがかかる。そこでThe Matrixのようなツールを活用することで、Academy Trainingの段階での指導者の育成・確保の課題を解消している。

図表 2 The Matrixの概要
The Matrixの概要
資料:CEBCPホームページより作成
※画像は当該ホームページから引用し日本語訳を付したもの

③Field Trainingで参照可能な取り組み―Work Bookの活用

続いてField Trainingで参照可能な取り組みとして、Lumらによる文献より、バージニア州アレクサンドリア警察署におけるWork Bookの活用事例を見ていく。アレクサンドリア警察署では、従来から新人育成にあたってWork Bookと呼ばれるテキスト(評価基準や、警察官として求められる行動を整理したもの)を活用していたが、Lumらとの連携により「EBPolicingの観点」を追加した(図表 3)。

Work Bookの内容のうち、Field Trainingでの評価基準の適用(Ideas for Adjusting Performance Metrics in Field Training)では、新人の到達点に関する評価項目・評価の視点に、EBPolicingを踏まえた評価の視点が追加された。また、Field Trainingでの活動の改善(Ideas for Adjusting Activities in Field Training)では、既存の活動内容・コンピテンシーの発揮方法に加え、EBPolicing の視点から求められる行動が追加された。つまり、新人およびそのメンターは既存のWork Bookを活用しながら、どのように評価されるか(するか)、またどのように行動すべきかを振り返る中で、自ずと研究の知見についての学びも深め、EBPolicing に習熟することができるようになったのである。

図表 3 Work Bookの内容
Work Bookの内容
資料:Lum, C. & Koper, C. S. (2017). Evidence-Based Policing Translating Research into Practice. Oxford University Press.より作成

(2)イギリス(イングランド及びウェールズ)の事例

英国では、内山ほか (2018)[]で紹介されている通り、What Works Centre for Crime Reduction: WWCCRを中心に活発にEBPolicingに取り組まれてきた。また、The Open UniversityではEBPolicingの理解促進、定着、実践的活用に向けたネットワークや学識者・実務家の知見交流の場が提供されている。ここではEBPolicingの人材育成・確保に関し、イングランド及びウェールズの事例を紹介する。

①College of PoliceとAcademic Support Network

イングランド及びウェールズに関する内務省管轄の独立専門組織として、2012年にCollege of Policeが設立された。College of Policeでは、警察官の各種職階での要件整備や研修の実施、知識と好事例の共有プラットフォームとしての活動、事件への対応ガイドラインなどの作成が行われている。2016年には学術研究を始めてアドバイスやサポートを求める警察官が、同様の経験を持っている警察官からアドバイスやサポートをうけるための「Academic Support Network」が開始された。

なお、前述したWWCCRはCollege of Policeの取り組みの部分集合にあたる。WWCCRでは、Push StrategyとPull Strategyの2つの戦略を位置づけている(図表4)。

図表 4 WWCCRの戦略

●Push Strategy

  • 魅力的かつ手の届きやすい方法でエビデンスが提供されることにより、警察組織内で、効率的なエビデンスの活用が自然と行われるようになること。

●Pull Strategy

  • エビデンスに対する組織的な需要を生み出すこと。
  • 「EBPolicingの原則」を身につける組織的なインセンティブを作り出すこと。
  • 「EBPolicingの原則」をトレーニングの中でより重点化すること。
  • 職員採用と昇進のプロセスに「EBPolicingの原則」を身に着けているかなどの基準をより高いウェイトで課すこと。

資料:Knutsson, Johannes, and Lisa Tompson. 2017. Advances in Evidence-Based Policing. Routledge, Taylor & Francis Groupより作成

②警察教育資格フレームワーク

2018年より、英国の警察官(police constables)になるためのルートは、「警察教育資格フレームワーク (Police education qualifications framework)(以下、PEQF)」と呼ばれるフレームワークの中で、大きく分けて3つのルートに整理され(図表5)、現在、イングランドとウェールズにある43の警察組織において警察官となるには、警察官としての専門的な教育課程を修了していることが条件となっている。Policing Vision 2025 において、警察官のスキルの標準化と底上げの必要性が強調されており、PEQFは、このニーズを満たすため、警察官に求められる職務水準の明確化や、新規採用時の教育の標準化、既存警察官・警察職員の経験のアーカイブ化などを行う枠組みである。

PEQFに整理された3つのルートは、具体的に、警察組織に採用された後に正式な警察官となるために専門的な教育課程を受ける場合の2ルートと、採用前に警察官としての専門的な教育を受けて学位を取得し、警察官として採用されるルートがある。

採用後に教育課程を受けるケースには、主に大学での学位を有していない見習い採用者向けの「巡査学位実習 (Police constable degree apprenticeship : PCDA)」や、専門家としての警察活動以外の大学学位を有している見習い採用者向けの「学位保持者プログラム (Degree-holder entry programme) 」がある。これらとは異なり、大学にて「専門家としての警察活動(Professional Policing)」の学位を取得してから採用試験を受けるケースがある。

図表 5 PEQFの概要

種類 巡査学位実習
(Police constable degree apprenticeship : PCDA)
学位保持者プログラム
Degree-holder entry programme:DHEP
学位(専門家としての警察活動)
(Degree in professional policing)
対象 高卒程度の学歴 大卒(学部)程度の学歴をもつ新規採用者
実施機関 警察組織と高等教育機関の共同実施 警察組織と高等教育機関の共同実施 Professional Policingの学位を発行できる一般大学
年数 3年間 2年間 原則3年間
学費負担 自己負担は無く、職業訓練補助金(apprenticeship levy)によってまかなわれる。 警察組織が負担する。 自己負担する。
内容
  • 警察活動に必要な標準的な知識を習得する。
  • 警察活動に関する一つの分野について専攻する。
  • 理論の座学学習と勤務実習を並行して行う。
  • 大卒程度の学力を持つ人材を採用し、採用直後の2年間で警察に関する専門的な教育を行う。
  • Professional policingの学位を取得した後に警察の採用試験を受ける。

以下では、特にEBPolicingに関する取り組みを行っていることが分かっているPCDAについて簡単に説明する。

PCDAは高卒程度の学歴の警察官志望者に対して、見習い採用後、フルタイムで見習い警察官として働きながら、警察官としての標準的な知識と、警察の一分野での専門的な知識・経験を獲得し、3年間で学位を取得するプログラムである。理論の座学学習と勤務実習は並行して行われるが、勤務時間の最低20%は学習時間として保証される。また、見習い警察官に対しては、給与は支払われる。このプログラムの参加者は、2年目にそれぞれの専門を決め、専門学習をスタートし、3年目は専門に対応する部隊に配属される仕組みがとられている場合が多い。学習・研究した内容と配属とを一致させることで、警察人材のレベルアップを図ることが期待されている。

またPCDAでは、EBPolicingに基づく課題研究 (Evidence research project) を行うことが必須となっており、これは学位取得のための最終評価に直結する。課題研究のテーマは、警察組織のニーズに根差したものに設定されることが多いため、特定の課題について調査を行うことができるという観点でも警察組織にとってメリットがある。研究成果が高い場合には、College of Policeのアカデミックサポートネットワークや、What Works center for Crime Reductionを通じて、英国の警察全体に知見が共有される仕組みも整っている。

3.EBPolicing推進に向けた人材育成・確保の方向性

警察・犯罪政策におけるEBPMであるEBPolicingを推進する上での人材育成・確保の手段については、大きく「行政内部職員を育成する」「外部から職員を任用する」「外部機関との連携・協働を行う」の3つの方向性が考えられ、それぞれ図表6のようなメリット・デメリットがある。

現在でも幅広い業務対応が求められる日本の警察職員に対し、新たにEBPolicingへの意識定着、実践的なEBPolicingを求めるにはハードルが高く、まずは外部から職員を任用したり、EBPolicingに向けた体制を整えたりすることが重要となるだろう。

他方で、アメリカ、イギリスの事例は警察内部職員を育成するという点が主として進められており、日本においても中長期的に見れば内部職員の育成も必要不可欠である。

現在でも、他の官公庁・地方公共団体においてEBPM推進が当たり前になりつつある。警察・犯罪政策においても、中長期的にEBPolicing推進に向けた人材育成・確保を行うためには、外部機関と連携・協働しながら、図表7に示したように、アメリカ、イギリスの人材育成・確保の仕組みを参考とすることが望ましいと考えられる。

図表 6 人材育成・確保の方向性

方向性 人材の所属 メリット デメリット
A 行政内部職員を
育成する(育成)
行政職員
  • 新たな財政コスト負担が抑えられる。
  • 政策決定・評価のプロセスにおける庁内調整への理解がある。
    /等
  • 専門的知識の基盤がない可能性もあり、育成には中長期的な時間がかかる。
  • 現在の職務や役割の移転や兼務などの調整が必要である。
    /等
B 外部から職員を
任用する(確保)
専門的知見を有する
任用された行政職員
  • 育成コストが不要である。
  • 任用職員によるOJTにより職員へのEBPolicingへの意識の波及や理解の促進が図られる。
    /等
  • 任用コストがかかる。
  • 適切な人材の選定が難しい。
  • 庁内職員の理解促進や関係性構築も必要となる。
    /等
C 外部機関との連携・協働を行う(協働) 外部機関・団体の職員
(研究員・コンサルタント等)
  • 行政内のコスト負担が軽減される。
  • より幅広い専門性の高い視座からの助言、EBPoicing推進を図ることができる。  /等
  • 庁内の急な対応など機動性に欠けるほか、庁内調整は行政職員が行うため行政職員の負担もある。
  • 外部への情報提供が難しい情報もある。
  • 外部機関・団体職員のメリットがないと協力が難しい。
    /等

図表 7 中長期的なEBPolicing人材の育成・確保に向けて参考となるアメリカ・イギリスの事例のポイント

■アメリカの事例

  • EBPolicingに関する専門性開発モデルを日本国内に適用することは可能だと考えられる。このモデルに基づき、現在の各段階における人材育成の取り組み状況を整理し、強化すべきフォーカス・エリアを見定めていくことが求められる。
  • EBPolicingの指導者の確保やカリキュラム編成等の障壁がある場合は、The Matrixのようなフリーツールを開発・活用することが一つの打開策になり得る。
  • Work Bookの取り組みは、警察・犯罪政策、警察運営等を取り扱う職員として求められる能力や資質のスタンダード及びその評価基準に近いようにも思われる。EBPolicingについて学びを深めていく上での指針を定め、それを既存の人材育成方針の中に組み込んでいくという発想は、参照できる点がある。

■イギリスの事例

  • EBPM先進国であるイギリスにおいては、そもそもEBPMへの認識が日本とまったく異なる。その点については致し方ないとしつつ、日本においてもEBPolicingに向け学び、理解する場や、理解を促進するための人的ネットワークの整備などが望ましい。
  • このとき、EBPolicingを学ぶメリットや、EBPolicingによる実践の重要性を示すことが求められる。
  • 警察・犯罪政策を取り扱う職員個々の能力の底上げ・標準化が求められる中で、その一つの欠かせない要素としてEBPolicingが取り扱われている。日本において、EBPolicingの実践を見据えた人材育成を構想していく中では、今後もイギリスの取り組みを参照していくことが必要だろう。

[] 警察政策学会外国制度研究部会(2017)「米国の治安と警察活動」警察政策学会資料, 96.
[] CEBCPとは、ジョージ・メイソン大学の犯罪学・法学・社会学科(Department of Criminology, Law and Society)に設置された組織である。犯罪・司法政策に係る研究活動、及び研究で得られた知見を実践や政策に活用するための橋渡し的役割を担っている。
[] Lum, C. & Koper, C. S. (2017). Evidence-Based Policing Translating Research into Practice. Oxford University Press.
[] 出版時点において、LumはCEBCPのディレクター、Koperはプリンシパル・フェローである。
[] 内山融・小林庸平・田口壮輔・小池孝英 (2018) 「英国におけるエビデンスに基づく政策形成と日本への示唆―エビデンスの 『需要』 と 『供給』 に着目した分析―」 RIETI Policy Discussion Papers Series. 経済産業研究所(最終閲覧日:令和5年3月1日)

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