データ利活用のポイント(知的財産・知的資産として取り扱う上での留意点)中小企業においては戦略・共感の観点から

2023/10/20 萩原 達雄
知的財産
中小企業支援
データ活用

中小企業のDX推進の現状

本稿では中小企業におけるデータ利活用の現状や実践にあたっての留意点等について論じていく。まず中小企業の現状について整理しておきたい。

「2023年版中小企業白書[ 1 ]」によれば、総論としてコロナや物価高騰、人手不足等が相まって、中小企業の経営状況は引き続き厳しい状況にあることが指摘されている。中小企業の売上高は、感染症流行前の水準に戻りつつある一方で、業種によっては未だ回復途上にあるとされる。2019年と比較すると、特に、「生活関連サービス業、娯楽業」、「宿泊業、飲食サービス業」においてはそれぞれ大幅減が続いていることが分かる。

また、売上は従前水準へと回復基調であるため、需要は戻ってきていると見ることもできるが、一方で中小企業が深刻な人手不足を抱えていることが指摘されている。なお、この点については、解決策の一つとして経済産業省や中小企業庁、各自治体等を中心として、中小企業のデジタル化推進(DX推進)や、兼業・副業人材の活用等の施策が進められているところである。

課題解決に関する先行事例は多数存在

中小企業等におけるDX推進については、これまでも国等による各種支援が実施されてきた。DX推進に対する支援のみならず、DX人材(社内でDX対応を担う人材)の育成についても取り組まれてきた。こうした支援を活用し、必要となるDX対応を進めている中小企業等は一定比率増加したと捉えることができる。他方、未だ手つかずの企業も多いことも事実である。

既存の事例集において、中小企業等のDX対応やデータ利活用について取り上げられている(図表1参照)。ただし、データ利活用の対象が事業プロセスの改善(手段の切り替えや効率化ほか)となっていることが多く、新たな事業創出につなげたことを取り上げた事例は多いとは言えない。

そこで、新事業を創出するという経営課題に対応した事例を収集し、広く情報発信し、認識や気づきを得てもらうことが必要となる。また、こうした取組が、企業にとって重要な資産となるデータを獲得することにつながる点に理解を深めてもらうことが重要と考える。

図表1 データ利活用事例に関する主な刊行物(筆者調べ)

データ利活用の実態を紹介する取組 出所(発行元)
中小企業とAI人材の協働による課題解決事例集2021[ 2 経済産業省
AI導入ガイドブック[ 3 経済産業省
製造業DX取組事例集[ 4 経済産業省
中小規模製造業者の製造分野におけるDX推進のためのガイド[ 5 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)
企業におけるデータ利活用・保護の戦略立案のための手引書(案)の作成調査実施報告書[ 6 独立行政法人情報処理推進機構(IPA )
中小規模製造業の製造分野におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)のための事例調査報告書[ 7 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)

データ利活用を「知的資産に係る投資」と位置づける

データ利活用の重要性に関する提起を前述し、データ利活用を実践するにあたっては、「プロセスの部分最適化」ではなく「ビジネス全体の最適化」に注目いただきたいとして記した。

現時点で実践されているデータ利活用の方向性について、一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会が実施・公表した「企業IT動向調査報告書 2022」[ 8 ]を参照してみると、データ利活用について業務データの利活用は一定の利用が進んでいるが、非構造化データや外部データの利活用はあまり注目されていない結果となった(報告書内 図表8-2-1参照)。

また、「企業IT動向調査報告書 2023」[ 9 ]では、組織横断的なデータ利活用についても調査がなされていたが、売上高とデータ利活用の実施との相関が確認できた(報告書内 図表3-3-5参照)。一方、事業規模の小さな中小企業ではデータ利活用が進んでいない結果となった。

経営資源が限られる中小企業において、新たな事業を創出する上で、企業に内在するデータを利活用することはもちろん、整理・分析されていない非構造化データや自社事業との整合が見込める有意な外部データに注目し、ビジネス全体の最適化につながる投資として利活用を検討することに注目してもらいたい。

データ利活用の価値を理解し、自社の知的財産・知的資産として取り扱う

現時点でのデータ利活用の態勢整備について、取り扱うデータの違いによりその準備状況に差異がある。前述の報告書からも、中小企業においてもデータセキュリティ管理については関心が高いとされているが、データを賢く利活用していこうという関心の熟度は低く、自分事になっていない印象が強い。組織的な課題(将来に向けた投資)として取り組んでいくことが重要であり、こうした実態も踏まえつつ自社の取組を検討していくことが必要となる。

さらに、人工知能(AI)技術の活用領域の拡大がめざましい昨今、従前は人間の能力では見いだしにくかったデータ相互の相関を見つけ出したり、大量のデータを取り込んだ上でその分野の専門家であっても分析ができなかった事象を同技術が提示したりしている例は枚挙にいとまがない。データが新たな価値を生み出すものとして扱われ、データ利活用の可能性を大きく進展させる可能性を同技術に強く期待する読者も少なくないであろう。だだし、同技術が能動的にデータを読み込んで解析、分析をし、新たな事業の種を吐き出してくれるというものでもない。利用する側が適切なインプットや条件を与えることで稼働できるものであり、分析結果をどう行動へ結びつけるかといった受け手の解釈力が重要となってくる。

こうした行為そのものが自社独自の価値を生み出す源泉となり、代えがたい資産となることを理解して取り組むことが不可欠となる。データそのものが資産であり、データを扱う人の知恵も資産となるのである。こうした資産を知的財産・知的資産と捉えて扱っていくことに注目いただきたい。

中小企業において知的財産・知的資産として取り扱う上での留意点について

中小企業等におけるデータ利活用を実現させるために、具体的な利活用方法や利活用可能なデータを整理することが必要である。また、無形資産であるデータそのものに対する理解・認識を改めてもらうことも必要となる。データ利活用を考える上で必要となることを以下に整理してみた。これらは、「データ利活用を投資として理解する」上で有意であると筆者は考える。

①データは「自社の競争力の源泉(知的資産・知的財産)となることを理解する」ことが必要
②データをどのようにビジネスに活かしていくのか「目的をもって蓄積・管理・活用する」ことが必要
③データはその取扱によって、経営上のリスク(不確実性)を生み出したり、リスクの規模を大きくしたりすることにつながると捉え、「リスクマネジメントを意識して取り扱う」ことが必要
④データ利活用について、「経営・組織としての共通認識・共感が不可欠であることを理解する」ことが必要

データ利活用にする課題について、技術論や手法論として掘り下げて検討することのみならず、知的財産・知的資産の管理の観点からどのようなアプローチが採用できるのかを検討することが重要となる。また、そのために求められる組織的な対応(態勢整備)とは何かをあらためて検討することも重要と考える。中小企業においては、この点をまず理解することから取り組んでいただきたい。

図表2 知的財産・知的資産として「データ」を位置づけるイメージ
知的財産・知的資産として「データ」を位置づけるイメージ
(出所)当社作成

まとめにかえて

本稿では、データ利活用に関する取組上のポイントを整理した。

中小企業等においてデータ利活用に取り組むにあたっては、”経営者の理解”が不可欠である。経営者が自社のデータに精通している場合もあるが、現場責任者に全権を委ねたり、担当チームを配置して全てを任せたりしている企業も少なくないと推察する。それでは効果が限定的になるか、全く効果が出ないかのどちらかになってしまう可能性が高いと考える。そもそも企業という組織体において、どうしても役職やポジションによってデータ利活用に取り組む目線や求められる役割が違ってくる。

そうしたことが理解や認知のギャップを生み出すことにつながってしまうと考える。例えば現場担当者だけがデータ利活用に取り組もうとしても、どうしても現場のオペレーション目線に寄ってしまい、実務面でしかデータ利活用活動が進まなくなってしまう。このため、経営視点や新事業開発の観点が薄くなってしまい、結局「とりあえずデータ整理」「とりあえず規程整備」等、そのデータをどのように経営や新事業に活かしていけるのかといった目的意識が欠如した状態で活動を進めてしまう。これでは思うような成果は得られない。

データを知的資産として経営に取り込むためには、現場担当者に任せきりにせず経営者と現場が一丸となることが必須であり、経営者の関与を促すためには「(知的資産でもある)データが経営に効く」ことを実感して共通化していただきたい。また、将来に対する投資を企図することからデータ利活用に着手し、社内ならびに社外との間での共感づくりを意識しつつ自社にあったデータ利活用の方策を創発していく観点を重視していただきたいと考える。


1 ] 「2023年版中小企業白書」(中小企業庁、2023年6月30日) 
2 ] 「2021年度AI Quest 中小企業と外部AI人材の協働事例集」(経済産業省)
3 ] 「中小企業のAI活用促進について」(経済産業省、2022年4月6日) 
4 ] 「製造業DX取組事例集」(経済産業省) 
5 ] 「中小規模製造業者の製造分野におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)推進のためのガイド」(独立行政法人情報処理推進機構、2023年7月1日) 
6 ] 「「企業におけるデータ利活用・保護の戦略立案のための手引書(案)の作成」調査報告書」(独立行政法人情報処理推進機構、2020年3月27日) 
7 ] 「製造分野のDX事例集」(独立行政法人情報処理推進機構) 
8 ] 「企業IT動向調査報告書 2022 」(一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会) 
9 ] 「企業IT動向調査報告書 2023 」(一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会) 

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