今月のグラフ(2023年10月)ASEAN:食料品価格上昇によるインフレ再加速懸念

2023/10/05 井口 るり子
今月のグラフ
海外マクロ経済
アジア

ASEAN諸国の食料品価格が上昇している。2023年は東南アジア各地に高温や少雨をもたらすエルニーニョ現象が発生しており、今後、食料品価格がさらに上昇する懸念がある。

まず、主食のコメの価格を8月の消費者物価指数でみると、タイ(前年比+2.1%)、フィリピン(同+8.7%)、マレーシア(同+3.0%)、ベトナム(前月比+4.4%)で大きく上昇したほか、インドネシアでもコメの小売価格が前年比+13.8%上昇した。コメの価格上昇のきっかけは、世界最大のコメ輸出国であるインドが7月、エルニーニョ現象による少雨での収穫減少を見越して禁輸措置をとったことである。ASEANのコメの収穫の最盛期は11月以降であり、現時点ではエルニーニョ現象の影響については幅をもってみる必要があるものの、すでに深刻な干ばつに見舞われているタイでは、コメの収穫量が前年から3%程度減少すると見込まれている。このため、国際指標であるタイのコメ輸出価格は8月に1トンあたり648ドルと、2008年以来15年ぶりの高値をつけた後、高止まりしている(図表1)。

タイ中央銀行はこうした食料品価格のインフレ再燃を警戒し、他国が利下げに転じるなかでも利上げを継続している。2023年9月の金融政策委員会後の声明では、景気回復の持続によりインフレ率が今後も上昇するとの見方を示したうえで、物価の上振れリスクとしてエルニーニョ現象の影響による食料品価格の上昇を挙げた。

15年前のコメ価格高騰の際は、ラニーニャ現象やサイクロン(台風)による収穫減少に加え、人口増加による需要増加観測、コメ輸出国の輸出規制などの価格押し上げ要因が重なった。過去の動きをみるとエルニーニョ/ラニーニャ現象の発生がコメ価格の上昇に直結するわけではなく、今年についても、収穫期になり生産量が十分に確保できれば価格が反落する可能性がある。しかし、投機的な動きが強まることで価格が一段と上昇するリスクもあろう。

また、コメ以外の農産品についても価格上昇が懸念される。2015~16年に最強クラスのエルニーニョ現象が発生した際には東南アジア各地で干ばつが相次ぎ、パーム油生産のためのヤシや、サトウキビなどの生産が落ち込んだ。今後、2024年にかけてエルニーニョ現象の影響により砂糖、パーム油、野菜、果物といった農作物の収穫が減少すれば、原材料価格の上昇を通じて食料品全般のインフレが再燃する懸念もある。

ASEAN各国の消費者物価指数に占める食料品のウエイトは他国に比べ高く、消費者物価上昇率が食料品価格変動の影響を受けやすい(図表2)。これらの国では2023年に入り、景気回復ペースや物価上昇ペースの鈍化などを背景に、タイを除く各国で政策金利が据え置かれ、ベトナムでは利下げが実施された。しかし、先行き、食料品価格上昇をきっかけにインフレが再加速し、物価上昇と景気鈍化が同時におきる「スタグフレーション」に直面するリスクもある。そうなれば、各国の中銀は難しい判断を迫られることになりかねない。

図表1 タイのコメ輸出価格の推移
タイのコメ輸出価格の推移
図表2 消費者物価指数に占める食料品(除く外食)の割合
消費者物価指数に占める食料品(除く外食)の割合

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