時間制約社員のマネジメント

2022/10/01 矢島 洋子

現在の日本における女性活躍の最大の課題は何かと問われれば、筆者は迷わず「柔軟な働き方を選択しても積極的なキャリア形成がはかれる環境をつくること」をあげる。特に、育児期の短時間勤務のマネジメントが重要だ。

新しい正社員としての時間制約社員

女性社員比率の高い金融業界では、常に多くの育児休業取得者がおり、かつ、復職時に短時間勤務や所定外労働免除などの制度を利用し、明らかな時間制約社員として働く女性も多い。「明らかな」と書いたのは、こうした両立支援制度を利用していなくとも、実質的に時間制約のある子育て社員も男女ともに多いためである。もっと言ってしまえば、本来すべての人が1日24時間という限られた時間の中で、一定の休息時間などを除いた時間で働かざるを得ないのであるから、時間に制約のない社員などいないとも言える。ただ、ここでは従来の残業含みのフルタイム正社員と区別し、限定的な時間で働くことを企業が制度として認めている社員という意味で、短時間勤務などの制度利用者を時間制約社員と呼ぶ。

これまでも述べてきたように、2010年代にこうした時間制約社員が増えてきたのと引き換えに、妊娠・出産期の女性正社員の離職が減ったが、日本企業における時間制約社員の制度設計やマネジメントには、いまだ多くの問題がある。新しいタイプの社員に既存の組織が適応できていないのだが、職場では、時間制約社員の側が適応できていないかのようにみなされてしまっている。言い換えれば、インクルード(包摂)されていない状態なのだ。これを放置すれば、時間制約社員は職場のモラルハザードを引き起こす存在であるかのように扱われ、当時者のみならず同僚の仕事やキャリアへの意欲をダウンさせる可能性がある。

時間制約社員をインクルードする

時間制約社員が組織にインクルードされるためには、制度の整備のみならず、マネジメントルールを設定し、周知することが必要だ。ここで言う制度とは、選択可能な時間設定や制度利用可能な子の年齢、時短に伴う基本給や賞与の設定基準などである。一方、マネジメントルールとは、業務配分、目標設定と評価、昇格・昇進の要件などの考え方を示すことにある。業務配分や目標設定の基本的考え方は「質は変えずに、量を勘案する」だ。短時間勤務は等級が下がる訳ではないので、期待役割の水準は変えるべきではない。一方、時間短縮に伴い基本給も下がるので、仕事や目標の量は下がるのが「妥当」だ。決して「優遇」ではない。そして、設定された目標に対する達成度で、評価される必要がある。

フルタイムと短時間勤務の目標の量的水準が異なるため、上司は、相対評価をしがちだがそれをしてはいけない。両者がともにそれぞれの目標を達成したら、同じ評価を付けるのが「公正」だ。多くの企業の賞与計算は、評価を基本給にかけて算出するため、同じ評価であっても賞与の絶対額は、フルタイム社員の方が多くなる。このことを管理職に理解させ、その前提で公正に目標の達成度で評価するよう促す必要がある。

2018年度に弊社が実施した調査(図表)では、従業員101人以上の企業で「短縮分に応じた目標設定を行い、達成度で評価」している企業の割合は32.6%で、「フルタイムと同じ基準」(17.5%)よりも高い。だが、最も多い回答は「特に目標設定や評価の方針を示していない」(42.5%)である。特に300人以下の企業で示していない企業の割合が高い。2010年代前半は、フルタイム勤務と同基準の目標設定や業務配分をする企業が多かったが、徐々に見直しが進んでいる。ただし、昇格・昇進については、短時間勤務制度を利用した場合、どのような要件を満たせば候補となり得るのかを示していない企業がいまだに多い。

こうしたルール設定の要になるのは、「組織目標」の設定と「周囲の同僚の評価」である。短時間勤務者本人の量的目標水準が下がっても、組織目標が下がらなければ差分は周囲の同僚の負荷になる。また、周囲の同僚が短時間勤務者のサポートをしても、上司が短時間勤務者の業務配分・目標設定に適切にコミットしていないために、同僚の評価が適切に行われていないという問題も散見される。金融業界でもすでに、組織目標における勘案や同僚の評価の見直しを行っている企業もあるが、未着手企業が多い。

D&I経営や働き方改革において、「時間当たりの生産性」を重視する必要が説かれるが、どう実現してよいのかわからないとの声も聞く。まずは、短時間勤務者が適性に評価され、キャリア形成の道筋も見え、組織の一員として自信を持って働くことのできる環境をつくることから始めてはどうか。

(月刊金融ジャーナル「LESSON 女性活躍の今」2022年10月号より転載)

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