期待される社会のD&I

2023/03/10 矢島 洋子

D&Iを推進してきた企業が次にぶつかるのが、社会のアンコンシャスバイアスの壁だ。社員だけでなく、家庭や地域の改革に取り組む必要性を認識する企業も出てきている。

社内のD&Iの取り組みの限界

育児や介護などのライフイベントに即して、休暇・休業取得や短時間・短日勤務などの柔軟な働き方の選択が可能になることで、男女ともにワーク・ライフ・バランスをはかりながら働くことが可能となる。だが、企業が男女双方に対してこうした働き方の選択肢を提供したとしても、女性のみがライフイベントに即した働き方の調整を行うことで、女性の就業継続は進んでも、女性の活躍機会が限定され、男女の賃金差も大きなまま残ってしまう。つまり、ジェンダー平等は実現しない。これは、日本に先立ってワーク・ライフ・バランスやダイバーシティに取り組んできた北欧諸国や英国などでも起こってきたことであり、問題視されてきたことでもある。

では、なぜ柔軟な働き方を可能とするワーク・ライフ・バランス環境の整備が、ジェンダー平等に直結しないのか。

背景には、社会における「男は仕事、女は家庭」という「固定的性別役割分担意識」の存在がある。個々の夫婦間で、「我が家は、夫が外で働き、妻が家事・育児を担う」と決めることは単なる「役割分担」だが、「固定的性別役割分担意識」とは、「男は仕事、女は家庭」という役割分担が「当たり前だ」という考え方であり、アンコンシャスバイアスの一種だ。

このバイアスは、これまでみてきた、職場内の男女の業務分担や昇格・昇進の背後にも存在するが、それだけでなく、家庭や地域など社会全体のバイアスが、夫婦の実際の家事・育児分担や働き方の選択を左右する。

男性の育休取得にみる家庭・地域社会の影響

男性の育児休業取得を例に取ろう。男性の育児休業取得を推奨し、実際に取得可能な環境を整えた企業でも、妻が100%育休を取るので夫の取得は必要がない、として、取得に消極的な男性社員もいる。

もちろん、夫婦が話し合って、互いに納得した結果であるのなら、企業が休業取得を強制することはできないが、旧来の「女性が育休を取って子育てをするのが当たり前」というバイアスによって、あまりよく話し合わずに、男性が取得を検討していないケースもある。なかには、夫婦間で役割分担に関する意識にズレがあったり、周囲からの見られ方を気にして、旧来の役割分担意識に基づく選択をしてしまうこともある。

「固定的性別役割分担意識」は、国や地域による差も大きいが、年代による差も大きい。子育て世代と祖父母世代の意識ギャップも影響する。子育て当事者夫婦が家事・育児を同等に分担し、夫が長期の育休を取得することで合意したとしても、子の祖父母がネガティブな反応を示すことで、選択が変わる可能性もある。保育士や小児科医、保健師など、子育てに関わる専門職の中にも、根強いバイアスがあり、父親の子育てに対する過剰な配慮や母親に対する厳しい対応などの形で表れることもある。ご近所やママ友などのバイアスも、時に、当事者夫婦の選択を揺るがす。

企業に期待される取り組み

こうした問題は、企業の外で起こっていることであり、経営者や人事担当者が頭を悩ませたとしても、どうにもできないことに思える。だが、近年、こうした問題にも取り組む企業が出てきている。

例えば、女性の育休復帰者研修において、先輩子育て社員にロールモデルとして話をしてもらう中で、「両立のための働き方」といったテーマだけでなく、「夫との家事・育児分担」についても話してもらう。また、研修の中で、夫のキャリアだけでなく、自身のキャリアについても前向きに考えることや、夫婦で互いのキャリアについて話し合うことの重要性なども伝える。

また、育休復帰者研修に、夫婦での参加を促す企業もある。社内カップルのみならず、社外のパートナーの参加も呼び掛けるケースもある。社内カップルの場合であれば、当事者夫婦とそれぞれの上司を交えて、子育て期の働き方やキャリアについて話し合う機会を設けるといった取り組みもある。妻の上司から、夫や夫の上司に、妻の今後のキャリアへの期待を伝えてもらうことは有効だ。

地域社会のバイアスの解消については、主に自治体が取り組んでおり、男性の子育てに関する理解を広げるセミナーなどが企画されている。企業の取り組みとしては、次世代法に基づき、地域の子育て環境の整備支援を計画に盛り込んでいる例はあるが、バイアスの除去という観点の取り組みは、いまだ少ない。

子育て関連ではないが、D&I全般でみると、近年、LGBTQなど性的マイノリティに関する理解促進のため、企業が社内の取り組みのみならず、社会全体の変革を促すための活動に参加する動きがみられる。性的マイノリティのD&Iやパワハラの防止などについても、個々の企業の取り組みだけでは限界があるとの認識が広まっているためであろう。

今後は企業に、D&I全般で、社内の改革のみならず、社会全般の意識改革に向けて地域と連携した取り組みが期待される。

(月刊金融ジャーナル「LESSON 女性活躍の今」2023年2月号より転載)

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