PHPビジネスレビュー 21世紀のリーダーシップ論

2004年7・8月号

第8回 自分の息子を「生け贄」にできますか?

リーダーが大きな改革に成功するには、リーダーのたぐいまれなる「人間力」が必要であろう。リーダーに人間的な魅力があり、彼らが「この人のためなら一肌脱ごう」という気持ちにならなければならないからである。どうしたら「人間力」が身に付くのか。

「人間力」の定義は難しいが、ここでは、「他人がその人のために全力投球で何かをしたいと思わせる力」と考えておこう。しかし、この定義は明らかに不十分である。たとえば、魅力的な異性をみそめた者は、相手に気に入られるためにあらゆることをしたいと思うかもしれない。これは「人間力」というより、「異性としての魅力」というべきであろう。「人間力」という場合、異性のみならず、同性からも熱烈なサポートを必要とするから、「異性としての魅力」だけでは不十分であり、おそらくは目に見えない内面的なエネルギーが充満していることが不可欠なのであろう。

本稿で取り上げたいのは、「自己犠牲」である。大きな目的のために「自己犠牲」を厭わない人間をみれば、誰しも「凄い」と思う。そのような「凄い」人が成し遂げようとしている大事業に協力したいと思う人も多く出る。しかもその自己犠牲は「演技」であってはならない。「演技」で自己犠牲を演じるほど欺瞞的なことはない。「演技」の臭いのする自己犠牲はむしろ軽蔑の対象にさえなりかねない。正真正銘、心からの「自己犠牲」こそが、リーダーシップを確立する最大の要素になるが、そこに「演技」の要素が入ると、たちまちその欺瞞性が暴かれてしまうだろう。

「自己犠牲」の例は数多い。すぐに思い浮かぶのが旧約聖書の一節である(以下の著述については、中川健一著『日本人に贈る聖書ものがたりー族長たちの巻ー』(文芸社2003年刊。314〜331頁)に依る)。

創造主であるヤハウェは、ある時、アブラハムに対して息子イサクを全焼の生け贄(燃える火の上で灰になるまで焼き尽くす捧げ物)としてして自分に差し出すように命令する。アブラハムは最愛の息子を生け贄として差し出せという神の要求に驚き、そのような理不尽な要求に応えるべきか否か、当然のことながら悩みに悩む。神の要求であるから断るわけにはいかない。アブラハムが信仰を持ち続けるかぎり、イスラエルの民に神の祝福が与えられるという創造主ヤハウェとの契約を実現に導くには、アブラハムは創造主に対する絶対的な信仰と服従が必要になる。自分の息子を差し出すというとてつもない「自己犠牲」こそがアブラハムのヤハウェに対する信仰の証になるはずだ。

というわけで、息子を生け贄として捧げるべくモリヤの山をイサクとともに重い足取りで登りはじめる。アブラハムは当然、イサクにはこのことを告げていない。不審に思ったイサクは山道を登りながら先を歩くアブラハムの背に問いかける。

「火と薪はありますが。羊がありません。全焼の生け贄ための羊は、どこにあるのですか」

「イサク。神ご自身が全焼の生け贄を備えてくださるのだ」
とだけアブラハムは答えるのだが、このとき、サタン(悪魔)がアブラハムに囁きかける。サタンはアブラハムに、その通り、心配はいらない、神が生け贄を準備してくださるのだから、あなたは「演技」すればよいのだ、と。すなわち、息子を生け贄として捧げるふりをすればよい、と誘惑した。しかし、アブラハムはサタンの提案を拒否する。

「イサクを捧げる行為は、断じて演技であってはならない」

アブラハムとイサクは祭壇を築き、薪を積み上げた。イサクはことの成り行きを理解し、自ら薪の上に身を横たえる。アブラハムは覚悟を決めて、帯に差しておいた小刀でイサクをほふろうとしたが、まさに丁度そのとき、ヤハウェの使いが「小刀をイサクに振り下ろしてはならない」と止めにはいる。ヤハウェは確かにアブラハムが「演技」ではなく、「本気」で自分の息子を生け贄にする覚悟ができたことを見届けるまで指一本動かそうとしなかった。しかし、アブラハムの「自己犠牲」の精神(すなわち信仰心)が本物であることがわかってはじめて止めに入ったのであった。

この話は、あくまで信仰の話なので、リーダーシップとは一見関係がないように見える。しかし、ヤハウェの神を「社会のすべての人達の眼」と置き換えれば、話は通じるのではあるまいか。リーダーがどれだけ本気で改革をしようとしているのか、改革のために自分の何を犠牲にしようとしているのか、人々は実に注意深く、嗅覚鋭く、観察しているのではないだろうか。改革リーダーに「演技」の臭いがつきまとうようだと、それはすぐに見抜かれてしまう。そうなると、まず改革は成功しないし、逆に、リーダーが本気である場合には、協力者が増え、改革成功の確率が高まる。サタンの誘惑に負けて、辛い自己犠牲を回避しよう、「演技」で済まそう、という気持ちが少しでも現れると、世間はこのことを鋭く察知してしまう。旧約聖書の中のイサクを生け贄にする話はこのようなことを示唆しているのではあるまいか。

子供の命を差し出す話となると、「菅原伝授手習鑑」の四段目「寺子屋」をはずすわけにはいかない。有名な話なので、ご存じの方も多いと思う。菅原道真の「手習いの道」を伝授された武部源蔵は、島流しにあった菅原道真の子、菅秀才をかくまっているが、時の権力者、藤原時平からその首を差し出すよう命令を受ける。困った源蔵は寺子屋に新入りした生徒の小太郎が菅秀才に似ているので、彼を身代わりにする。差し出された首の検分役は、菅原道真の家来である白太夫の息子、松王丸。実は、身代わりになった小太郎の父親である。松王丸は、自分の子供の無惨な首を検分して「菅秀才に相違ない」と言い切る。この断言によって菅秀才の命は助かるのだが、何ともやりきれない話ではある。

実は、松王丸は藤原時平の菅原家への追及が厳しく、菅秀才の命が危ないと知って、意図的に自分の息子を寺子屋に入門させ、身代わりにさせたのであった。現代的な感覚では、なかなかすんなりとは理解できないとてつもない「自己犠牲」なのだが、当時、天皇を支えるため奮闘中の菅原道真公の従者、白太夫の息子であるにもかかわらず、松王丸は事の成り行きで敵方の藤原時平に仕えていた。このことが彼にとっては慚愧に堪えない。兄弟の梅王丸と桜丸が主君のお役に立っているのに、自分は敵方に仕えている。何としても御恩に報いたい。そう思って菅秀才の身代わりとして息子を差し出したのであった。天皇家の安泰を願い、主君道真公への忠義を全うするがための「自己犠牲」。寺子屋の最後はまさに涙、涙、涙で終わる。松王丸は「リーダー」ではないが、大義のためにとてつもない「自己犠牲」を厭わなかった代表的な事例である。

大義のための「自己犠牲」の最後の例は、江戸時代に次々と疲弊した農村の改革に成功したリーダー、二宮尊徳の話である。二宮尊徳は、勤勉でひたすら貧困に耐え、薪を背負い、歩きながら勉強にいそしんだ偉人として、知られているが、彼は農村改革でも大きな実績を上げた人である。農村が疲弊し、飢饉が常態化した時代に、尊徳は各地の大名から要請を受け、改革に着手する(以下、より詳しくは『代表的日本人』(内村鑑三著、鈴木範久訳、岩波文庫を参照)。

小田原藩は一八三六年、大飢饉に見舞われていた。江戸から徒歩で出かけていって小田原に到着した尊徳は、飢えで苦しんでいる農民を一刻も早く救うために、役人たちに城の倉庫を開くための鍵を要求した。役人は「殿様直筆の文書が必要」と答えるが、尊徳は、それではその殿様直筆の文書が届くまでの間は、我々全員、一切の食を断つことを提案する。そうすれば、飢え死にしそうな人々の苦しみが多少ともわかるだろうというわけである。これを聞いた役人たちは懼れをなして直ちに鍵を手渡したという。

さらに尊徳は「手だてに困ったときの飢饉の救済法」という有名な講話を残している(『代表的日本人』102〜105ページ)。

「国が飢饉を迎え、倉庫は空になり、民の食べるものがない。この責任は治者以外にないではありませんか。・・・ところが今や、民が飢饉におちいっているのに、自分には責任がないなどと考えます。これほど嘆かわしいことを天下に知りません。この時に当たり、よく救済策を講じることが・・できない場合には、治者は天に対して自己の罪を認め、自ら進んで食を断ち、死すべきであります。・・・飢えた人々に対して、そのような犠牲のもたらす道徳的影響は、ただちに明らかになりましょう。」

このようなリーダーの自己犠牲をみて、村民たちは「御家老様と御奉行様が・・私たちの困窮のために責任をとられた。私たちがおちいっている飢饉は、豊かなときに備えようとはせずに、ぜいたくと無駄遣いをしたためだ」とこれまでの怠惰とぜいたくを反省し、死にものぐるいで働き出すだろうと尊徳は主張したわけである。

この話を聞いていた家老は大いに恥じ入った。もちろん、この講話はまじめに語られた話ではあるが、家老を死に追いやることをねらったものではなかった。むしろ、このくらいの自己犠牲を覚悟して事態の打開に当たらなければ、およそ大きな改革などはできないということを示すためであった。結局、その後、救済は実直に遂行され、小田原藩の飢饉は克服されたという。

これらの話は、大勢の人間の心を動かす際の自己犠牲の重要性を示唆している。人はすぐに怠惰になるし、易きに流されてしまう。それが習慣になってしまうと、少々のことで御輿をあげようとはしない。多少のことで動かない人々を動かすには、自分を犠牲にするだけの覚悟がいるということである。

「あなたは自分の息子を『生け贄』にできますか?」

あまりにも重い問いかけではある。しかし、大勢の人の命を預かる立場にあるリーダーにとっては、本稿で取り上げたような「自己犠牲」の話を他人事として済ますわけにはいかないのではないだろうか。いずれにしても、人間の歴史はこのような大きな使命感を持ち、「自己犠牲」を厭わないリーダーたちによって動かされてきたであろうことは想像に難くない。(終わり)

【PHPビジネスレビュー(PHP研究所)2004年7・8月号より転載】

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