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「権力集中」と「思い込み」による失敗
2009.08.06
世の中を変えたいと多くの人が望んでも変わらないことはままある。利害関係が絡むときはいつもそうだ。そんな時、人々は「権力の集中」と強いリーダーの出現を待望する。しかし、それは往々にして悲惨な結果を招く。
第一次世界大戦に敗れ、閉塞感が充満していたドイツでは、国民の熱狂的な支持のもと、ヒットラーが絶対的な権力を掌握した。しかし、ドイツを救う救世主として現れたはずのヒットラーは再びドイツを破滅に追い込んだのであった。
日本もドイツと同じく第二世界大戦で大きな失敗をしたが、その根本的な原因は、「権威の象徴」にとどまっていた天皇に「軍の統帥権」を与え、軍部に権力を集中させた大日本国帝国憲法にあった。周知のように、昭和5年の「統帥権干犯問題」を機に軍部が独走し始めた。「天皇ハ陸海ヲ統帥ス」という憲法の条文がその根拠とされたのである。これが満州事変、シナ事変、ひいては、大東亜戦争突入の原因になった。ここでも「権力の集中」を抑制するシステムがなかったことが問題になる。
権力を掌握した人が、国を滅ぼそうとか、世の中を悪くしてやるといった悪意を持っているのではない。むしろ、強い正義心に基づく「思い込み」でやったことが悪い結果を招くのである。
最近、ブナ原生林で知られる世界遺産、白神山地を歩く機会があった。樹齢三百年というブナの大木が生い茂る原生林は得も言われぬ静寂と清涼感で人を圧倒する。私はこのような素晴らしい原生林を現世代に残してくれた祖先に思わず手を合わせたくなった。
しかし、役所の「思い込み」によって、このブナ原生林が一時は伐採の危険にさらされたのである。昭和三、四十年代、林野庁は材木としては役に立たないブナ林を伐採し、材木として使える(経済的価値の高い)杉に植え替えようとした。経済発展が至上命題であり、また、杉花粉の被害がまだ十分に知られていない時期のことである。
幸い、険峻な山岳地帯では植え替えは思うように進まなかった。そのために残された原生林が世界遺産に認定されたのである。地球環境問題が深刻になったいまとなってみれば、白神山地が貴重な日本の財産であることは誰もが納得する。しかし、高度成長期にはそのことは理解されていなかった。「ブナは材木にならず、経済的価値が低い」という「思い込み」がまかり通っていたからである。
この例に見られるように、政策当局の「権力の集中」と「思い込み」が間違いを犯す事例は山ほどある。政策決定とはそれほど難しいものなのである。だからこそ、「民主主義」のような適切な権力の抑制・バランス機能を正しく働かせるための政治改革が必要になる。しかし、「民主主義」だけでは抑止機能は往々にして不十分である。なぜなら、民主主義とは「現代世代の欲望」を最大化する近視眼的な仕組みにすぎないからである。
解決策としては、結局、我々自身が「長期的」かつ「利他的な視点」で物事を判断できる「大局観」「世界観」を持てるようになること以外にはなさそうである。
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中谷 巌 Iwao Nakatani |
| 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 理事長 | |
| 一橋大学経済学部卒業。ハーバード大学Ph.D(経済学博士)を経て、大阪大学経済学部教授、一橋大学商学部教授を歴任。現在、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 理事長 。 |
(注)
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