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サーチ・ナウ
2007.07.23 官から民への航空機産業
ものづくりの名古屋といわれるが、その中でもシェアの大きさと技術レベルの高さを誇るのが自動車と航空機である。ともに20世紀に急速に成長した産業であるが、その成長過程は民間に足場を置いた自動車と、国に導かれた航空機とでは対称的である。その航空機も民間に軸足を大きく切り替えようとしている。
日本の航空機産業は、戦前・戦中には世界の最先端にいたが、敗戦により航空機の製造を含むすべての航空活動が禁止されてしまった。その間に世界では航空機のジェット化が著しく進み、日本は技術の流れから取り残されてしまった。空白の7年間と呼ばれる時期である。息を吹きかえす契機となったのが、朝鮮戦争特需であった。朝鮮戦争では多数の米軍機が投入されたが、1952年のGHQ覚書により、その修理や一部の部品生産の発注が日本メーカーに出されるようになった。製造許可、仕事発注と最新技術の提供が一遍になされたことになる。
朝鮮戦争は1953年に停戦となったが、大量に生産されたF-86の一部が、日本に供与され(後にライセンス生産)、これが1954年に発足した航空自衛隊の主力機となる。その後、航空自衛隊の主力戦闘機は、F-104、F-4、F-15と推移するが、ほぼ10年刻みで米国の最新鋭機種が導入され、しかも国内でライセンス生産を行い得たことから、航空機の製造技術の発展、生産ラインの充実へとつながり、世界屈指の航空機製造基盤を築くことになる。
しかしながら、東西対立が終わったこと、戦闘機の寿命が延びたこと、単価が高いこと等からF-15の導入から30年たった今日でも次の主力戦闘機は決定しておらず、他機種の製造はあるものの自衛隊機の生産は減少する趨勢にある。次期主力戦闘機の呼び声の高いF-22については、米国内に日本への輸出・技術提供に難色を示す向きもあり、また単価が高く少数機の導入にとどまる可能性が高いことから、国内でのライセンス生産が引き合わないともみられる。こうしたこともあって自衛隊機の分野での生産拡大は当分、難しいと見るのが妥当であろう。
その一方で、期待されるのが民間航空機の分野である。かつて国産小型旅客機として国際的にも評価の高かったYS-11の開発・生産を皮切りとして、海外との大型旅客機の共同生産でも実力をつけてきた我が国のもう一つの航空機産業の柱である。世界経済のグローバル化に伴い今後の旅客機のマーケットは、ブラジル、ロシア、インドそして中国といった広大な面積を持つ国、あるいは南米やアフリカ大陸の国々、太平洋の島国がますます経済的に発展することによって航空機需要は世界的に拡大することが見込まれている。ボーイング787の共同生産が軌道に乗るなど明るい話題も多く、漸く、空の世界も民間需要が主流になる日が来た感がある。
航空機産業の特色は、国際的な連携が不可欠でかつ国際的競争が激しいことだ。現在は、米国が圧倒的なシェアを誇り、欧州勢や日本がこれに続いているが、中国も国をあげての強化に取り組んでいる。そのため国際的な航空機メーカーの統合が進み、また国による梃入れも盛んである(国が最大の購入者からセールスマンに変わりつつある)。
航空機には約300万点の部品が使われており(自動車2〜3万点)、他産業との関わりも多い裾野の広い産業である。また、品質や生産過程での少しの過ちが即、人命に関わる大変な事故に繋がるということで非常にハイレベルの安全性、信頼性が求められおり、こうした品質管理面での先進性も高く他産業への技術波及効果の大きい産業である。もちろん、他産業の技術が航空機の製造に大いに役立つことも多い。日本は、自動車、電子通信技術、ナノテク等で世界をリードしており、その高度な民間パワーの存在が、航空機分野への技術応用にも強みを発揮することが期待される。