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サーチ・ナウ

2009.12.21 サーチ・ナウ:世界金融危機の行方と金融政策の効果

経済・社会政策部 主任研究員 片岡剛士

1.世界金融危機の本質
 2007年半ばに生じた米国サブプライム・ローン危機は、2008年9月のリーマン・ブラザーズ証券の破綻、10月の世界同時株安を経て、世界金融危機へと深刻化した。
危機前の世界経済は、大安定(Great Moderation)とも呼ばれる、長期金利・物価の低位安定と新興国に代表される力強い経済成長を謳歌していた。ちなみに我が国が「失われた10年」とも呼ばれる長期の停滞から一息つくことが可能になったのも世界経済の好況という外部環境の影響が大きい。
 長期金利の低位安定は資産価格の上昇を生み、物価の低位安定は投資や消費を促進する。そして皮肉なことに、金融危機の原因でもある「住宅バブル」は、ITバブル崩壊やアジア金融危機といった危機への対処策としてなされた金融緩和策、住宅購入促進策、金融資本市場の自由化・技術革新といった要因に加えて、新興国の持つ潜在的な成長力への期待といった要素により生じた。
 ストック市場とフロー市場の相互関係に着目すると、バブルに伴う好況は、資産価格の高騰というストック市場の活況と、ストック市場の活況に支えられた消費や投資の活況といったフロー市場の活況という2つの側面を伴っている。そしてバブル崩壊はストック市場の調整を促すが、これは資産価格の暴落という形で急激に進む。一方で、フロー市場の調整は、価格調整が硬直的であるために緩慢かつ長期化する。今回の世界金融危機がもたらした実体経済の悪化とは、まさにストック市場とフロー市場の調整のアンバランスが世界的な規模で生じたことを意味する。経済のグローバル化が進み、国境を越えた生産・投資・消費といった経済活動の多様化が進んだ現在では、金融危機の震源地ではない我が国のような国々にも外需の急激な減少という形で危機が波及する。
 世界金融危機の今後を考えるにあたっては、ストック市場とフロー市場の調整のアンバランスがどのような形で推移するのか、そしてマクロ経済政策が調整に伴う経済へのインパクトをどの程度抑制することができるか、自律的な成長を為しえる環境が整ったのか否かを判断することが必要なのである。

2.世界金融危機の行方と金融政策の効果
 やや前置きが長くなったが、本稿では過去の金融危機の経験と現在の状況を比較することで、今回の金融危機の行方を簡単に検討することを目的としている。今回の金融危機と比較可能な経済危機は多くはない。なぜかといえば、世界中に伝播し、実体経済の悪化をもたらしたという意味で比較可能な最近の金融危機は、80年前の世界大恐慌の経験となるからである(Reinhart, Carmen M. and Rogoff, Kenneth S.(2009)(注1))。
 そこで、生産・株価・貿易の3つの視点から世界大恐慌と今回の危機のインパクトを比較すると、2008年10月から12月にかけて株価は大恐慌を上回るスピードと深刻度で下落したが、危機からの立ち直りは早く、フロー(生産)市場の調整も軽微で留まり、現在では回復に転じているといえよう(Eichengreen, Barry. and O'Rourke, Kevin H.(2009)(注2))。あわせて不確実性の高まりも沈静化している(Fevero, Carlo(2009)(注3))。
 つまり、今回の金融危機は当初大恐慌を上回る深刻な金融危機であったが、欧米諸国の金融政策−特に2001年3月から2006年9月にかけて行われた我が国の量的緩和策を上回る規模のマネーを供給している米英の積極的な金融緩和政策−は、金融危機のさらなる深刻化・長期化を是正し実体経済を回復に向かわせる上で重要な貢献を果たしたと言えるのである。
 さて、世界金融危機の行方を左右する大きな要因の1つが今後の欧米諸国の行方である。欧米諸国の今後を判断するにあたっては、今回の危機に際しての英米の積極的な金融政策が、どのような形で実体経済を回復させていくのかという点がポイントとなる。
 このポイントを検討する際には、大恐慌からの脱却過程の経験が判断材料となるだろう。岩田規久男編(2004)(注4)では、大恐慌下の米国及び昭和恐慌の日本の回復過程について分析を行っているが、この研究から明らかとなるのは、深刻な金融危機に際して行われた大規模な金融緩和策の実行が、(1)デフレ予想を払拭することで期待インフレ率をジャンプさせ、(2)株価の上昇をもたらし、(3)実体経済を好転させ、(4)実体経済の回復が資金需要を復活させることで貸出が増加に転じ、(5)金融システムの回復がなされる、という5段階の回復過程を経て実体経済に影響を及ぼすという点である。つまり深刻な金融危機において金融政策が効果を及ぼす経路は、金融緩和を通じた貸出の増加が投資を刺激して実体経済を回復させるというものではなく、インフレ期待の醸成による資産価格の上昇が消費及び投資を刺激し、毀損した金融システムを回復させて貸出を増やすという通常時とは異なる経路を辿るということだ。
 図表1及び図表2は英米の期待インフレ率(ブレイク・イーブン・インフレ率、各国10年物国債利回りから計算した値)、生産指数、株価、CPI(欧米型コア)、M2の推移を示している。米国の場合は金融緩和策によって期待インフレ率は2008年末に底を打って上昇に転じ、株価は2009年3月以降に上昇、更に生産指数は2009年6月以降上昇しているため、5段階の回復過程のうち3段階目までが達成されていると考えられる。4四半期連続で前期比マイナスとなった実質GDPも2009年7-9月期の値はプラスとなっており、緩やかながらも実体経済の回復が進んでいることがみてとれる。FRBによる直近の融資担当者調査(2009年10月)によれば、企業向け及び個人向けの貸出態度厳格化の動きは緩和しつつあるものの、資金需要の減少は続いている。今後の米国の回復過程の判断材料としては、貸出がプラスになるタイミングがいつになるかが鍵となるだろう。
 英国の場合は、期待インフレ率の上昇から株価の上昇に至るタイミングは米国と同様だが、生産は上昇には転じていない。つまり5段階の回復過程のうち2段階目まで進んでいると考えられる。以上からは、米国は英国よりも早いタイミングで今回の金融危機を乗り切る可能性が高いといえよう。
 先に述べたとおり、現在観察される世界的な株価の力強い上昇と実体経済の改善を牽引するのは中国を代表とする新興国であり、先進国の回復は総じて弱い。特に経常収支赤字国であった先進各国(住宅バブルが発生し崩壊した国でもあるが)の需要回復が弱いことが貿易の停滞に繋がっている。この点は世界の需要を支えた米国の穴を埋める国は早期に見つからず、大安定の特徴でもあったグローバル・インバランスを早期に是正することの難しさを反映している。
 ラインハート教授とロゴフ教授(Reinhart, Carmen M. and Rogoff, Kenneth S.(2009)(注1))が指摘するように、今回の金融危機も過去の深刻な金融危機と同じ道を辿ることになるのだろうか。彼らが指摘する「過去の深刻な金融危機と同じ道」とは、住宅市場の停滞は6年、株価の下落は3年半、失業率の悪化は4年、一人あたり実質GDPの悪化は2年続くというシナリオである。仮に現在の回復過程がそのまま続くとするのならば、確実に「今回は違う(This time is different)」ことになる。
 勿論、出口政策に伴うリスクや、巨額の経済対策に伴う政府債務の拡大といったリスク要因も考慮する必要があり、現時点で「今回は違う(This time is different)」とみなすのは楽観的に過ぎるだろう。ただ少なくとも言えるのは、回復を主導する中国、金融危機の影響を早期に食い止めた米国の経済政策により、今回の金融危機が「失われた10年」をもたらす可能性は低いということなのである。

注1:Reinhart, Carmen M. and Rogoff, Kenneth S.(2009) This Time is Different: Eight Centuries of Financial Folly, Princeton University Press.

注2:Eichengreen, Barry. and O'Rourke, Kevin H.(2009)," A Tale of Two Depressions" (http://voxeu.org/index.php?q=node/3421).

注3:Favero, Carlo(2009),"Uncertainty and the tale of two depressions: Let Eichengreen and O'Rourke meet Bloom"(http://www.voxeu.org/index.php?q=node/4225).

注4:岩田規久男編(2004)『昭和恐慌の研究』東洋経済新報社.
(※)本稿の内容の詳細についてご興味の向きは、拙著(『題名未定』、藤原書店、2010年初頭公刊予定)を参照されたい。


図表1:期待インフレ率(BEI10)、株価、生産の回復が生じている米国
091221_1.jpg
(資料)FRB、S&P、米国商務省統計より作成。


図表2:期待インフレ率(BEI10)、株価の回復が生じている英国
091221_2.jpg
(資料)BOE、ONS統計より作成。

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