「悪魔の囁き」には耳を傾けない

2017/08/01

◆「常識」で判断せよ

以下の4つの命題について、誤っているものを選びなさい。
  ①「財政出動で経済を刺激すれば、財政健全化も進む」
  ②「日銀が国債を買えば、日銀を含む統合政府の債務はなくなる」
  ③「財政赤字を拡大し、かつ将来増税しないと約束すればデフレから脱却できる」
  ④「好きなものを、好きなときに、好きなだけ食べればダイエットに成功する」

こんな設問があったらどう答えるか。少なくとも④が誤りであることには議論の余地はないだろう。しかし私から見れば、①~③の主張は④と大同小異。いずれも楽をしてよい結果を得ようとする「虫のよさ」で共通している。買ってまで苦労する必要はないが、「長年の不摂生の結果」を何の痛みもなく一気に解消するような妙薬があるはずがない。

◆「未来を考えた」提言

7月5日、自民党の2回生議員グループ(日本の未来を考える勉強会)が、政府に対して財政政策に関する提言をした。提言は同党の衆議院2回生議員(約100名)のうち28人の連名だという。6日付の日本経済新聞によると「経済成長を優先するため、赤字を気にせず公共事業や教育分野の歳出を思いきって増やすよう求めた。19年10月に予定する10%への消費増税の凍結に加え、5%への減税検討も訴えた。家庭の教育費の負担を軽くするため、教育国債の創設も提案した。(呼びかけ人代表の)安藤氏は『今はデフレを脱却できるかどうかの分かれ道。財政出動が必要だ』と強調する」という内容だ。

提言の趣旨は、財政による景気の刺激(歳出拡大、増税取りやめ、減税など)は景気をよくし、結果として税収を増やして、財政の健全化を実現させるというものだろう。教育国債で家計の教育費の一部を肩代わりすれば、消費が増えて景気を押し上げる効果も期待できるというわけだ。

◆財政出動に「呼び水」効果はあるか

経済を成長させるべきだという点に全く異論はない。問題は、財政政策がそれに役立つかということだ。財政による景気の刺激が、短期的に景気を持ち上げる効果を持っているのは確かだ。つまり政府がお金を使えば、それは国民の懐に入るのだから、それだけの景気浮揚効果があるのは当然だ。しかし他方で、景気を刺激するために財政を使うこと自体は財政赤字を増やしてしまう。だからポイントとなるのは、財政出動が「一時的」ではなく「持続的な」経済成長をもたらすのか、という点だ。

効果が一時的か、持続的かの差をもたらすのは、財政による景気刺激が「呼び水」効果を持っているかどうかによる。呼び水効果がなければ、例えばある年に財政刺激を行って、民間部門の可処分所得が増加してGDPの水準が上昇しても、翌年のGDP水準は元に戻ってしまう。初年度の成長率はプラスだが、翌年の成長率はマイナスになるということだ。

翌年に同じ額の刺激を行っても、翌年の成長率はゼロ。そこでも成長率をプラスにしたければ、翌年は最初の年を超える額の刺激を行う必要がある。そうなると持続的な成長を実現するためには、刺激額を毎年増加させ続けなければならない。呼び水効果がない場合には、これが結論だ。そして今の日本経済においては、財政出動の呼び水効果はほとんどないと言っていいだろう。つまり歳出拡大にしろ減税にしろ、やっただけの効果はあるが、その効果はそのとき限りだということだ。

◆「うまそうな話」の落とし穴

日本は「優しい国」なので、景気が少し悪くなると政府はすぐに景気対策を打とうとする。対策を打てば、その恩恵を受ける人たちは必ず存在するから、その対策は歓迎され、正当化される。しかし効果は一時的なので、これを繰り返すと、財政状況が徐々に、しかし確実に悪化していくことになる。

財政状況の悪化が誰の目から見ても深刻な事態の下では、局面を一気に打開できるような話を聞かされると、思わず飛びつきたくなる。①~③はまさにそうした類の話で、私には「悪魔の囁き」に思える。しかし、うますぎる話には落とし穴があるものだ。②も然りだ。実は国債は国の借金ではない。誰かのお金を別の誰かに使わせるために、国が「仲介した」証拠書類だ。仮に「統合政府」を作って証拠書類を破棄したとしても、債権者である誰かの権利がなくなるわけではないから、国は責任を持って(増税してでも)その権利を保護する義務を負う。債権者が日本人だからといって、「家族間の貸し借り」のようなものだから「なかったことにしよう」では済まないのだ。

③は理論的に正しい「シムズ理論」から導かれる結論だとされているが、今の日本には当てはまらない。「財政赤字という借金をいずれ必ず返済する」ことが前提になっているが、国債残高は今後も増え続けるのであって、減少する(借金が返済される)ことはありえない。「常識」が教えてくれるのは、借金が減るのは、フローの収支を黒字にして、その黒字分を返済に充てる場合だということだ。しかし、今後も少子高齢化が急速に進んでいくこの国で、財政収支がこの先、黒字になることは100%ありえない。

将来、仮に財政(の悪化)を理由にインフレになることがあるとすれば、それはデフレ脱却と言って喜べるような状況ではない。ぜひとも避けるべき酷い事態(円の暴落)だ。いっそうの放漫財政を奨励するかのような言説に惑わされてはいけない。

(三菱UFJビジネススクエアSQUET 情報スクエア「五十嵐敬喜の『経済をみる眼』」2017年7月13日より転載)

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