『全世代型社会保障』の充実

2017/10/02

◆高齢者中心の社会保障の是正

安倍首相が9月12日に日本経済新聞のインタビューに応じ、経済政策についても記者の質問に答えている。その中で、社会保障制度については、「高齢者向けの給付が中心となっている社会保障制度を『全世代型』の社会保障制度に改革していく」と強調した。具体的には、「教育負担を軽減するため、給付型奨学金や授業料の減免措置の拡充を検討する。幼稚園や保育所などの幼児教育の無償化も進める」ということだ(以後、本稿では、安倍首相の発言として日経新聞に引用されている部分を「 」で示すことにする)。

現行の社会保障制度を『全世代型』に変えていくには、基本的には2つのやり方がある。1つは高齢者向けの給付を減らして、現役・若年者向けの給付を増やすことであり、もう1つは高齢者向けの給付はそのままにして、現役・若年者向けの給付額を増やすことだ。当然、後者のやり方のほうが国民の不満は少なくてすむが、新たな財源が必要になる。

実際、首相自身「大切なのは財源だ。財源がなければ実現できない」と言っている。さらに消費税率の10%への引き上げは「予定通りの実施を考えている」と明言するとともに、すでに決まっているその使いみちを変更して、現役世代の社会保障や教育の充実に振り向ける考えはあるかとの問いに対しては否定的な返答だった。

以上を総合すると、まず『全世代型社会保障』を実現するためには「新たな財源」を確保することが欠かせない。その点に関して、アベノミクスで経済成長が実現して生まれる税の自然増収分を財源にする、といった手放しの楽観的な発言はない。「党内で財源を作り出すための方法論について活発な議論をする」とともに、「最後は私の責任で、強い決意でしっかり財源を確保していく」と明言している。そうなると、敢えて逃げ道を断った上で社会保障支出を増やすと言っているのだから、『新たな財源』の主たる部分は、論理的には『教育国債の発行』ということになるだろう。

実際、首相は「教育への投資は、ばらまきではない」、(大学教育を受けることで)生涯賃金が増えることによって税収で返ってくるのだから「投資という考え方だ」と言っている。『教育国債』という名の赤字国債が今後発行されていくことは、どうやら避けられないようだ。その場合、懸念される財政の健全性については、「子育てや幼児教育に対する不安を解消すると同時に、財政の持続可能性についてもしっかりと政府は考えている。バランスが大事だ」と言い切っている。

◆財源は? 財政健全化は?

民進党の新代表である前原誠司氏は、消費税率を10%に引き上げた上で、増税分はすべて社会保障の充実に回すという趣旨の発言をしている。現在決まっている使いみちは、5%から10%への引き上げ分のうち、社会保障の充実に回すのは1%分のみで、残りの4%分は財政の健全化(および悪化の回避)のために使うことになっている。したがって前原発言は消費税収の使途そのものを見直すという話だ。

識者からも、今回(5%から10%への引き上げ)限りの特例措置として、増収分のすべてを社会保障に充てるべきだという意見が出ている。増税に利益実感を持たせて成功体験を国民に味わわせるとか、増税分を全額社会保障に使えば、マクロ(総需要)的には景気の足を引っ張らないといった理由づけもある。

ただ安倍首相自身は、消費税増収分の使途の組み換えには否定的なので、どこかに新たな財源を求めるしかないし、それは直接的には財政の健全化に逆行するものにならざるを得ない。2020年度にプライマリーバランスを黒字化する目標はどうなるのかと言えば、例えば5年間程度の先送りは避けられそうにない。その際の説明(言い訳)は、「この目標の達成時期を先送りせざるを得ないのは極めて残念だが、ある意味で財政の健全化を示す最も重要な指標と言える『債務残高比率』(債務残高/名目GDP)は、今後も着実な改善が見込める。社会保障や教育の充実によって先行きの生活の安心感が強まり、消費が増加すれば、成長率が高まって財政の健全化がいっそう進むことも期待できる」といったものになるのではないか。

今度こそ消費税率は引き上げる。増収分のほとんどは財政の健全化に充てる。その上で将来への投資という意味で教育国債を発行し、『全世代型社会保障』を実現する。国民の安心感が高まるので、長い目で見れば財政の持続性にも寄与する――これが安倍首相の言う「バランス」なのだろう。

しかし厚生労働省の試算によれば、現行制度に基づく社会保障給付の総額は、高齢化の進行だけで、15年度の114.9兆円から25年度には148.9兆円に増加する。増加額34兆円のうち公費での負担額は14兆円強と見込まれている。『全世代型』を実現するには、高齢者への給付額を減額せざるを得ないのは明らかではないか。ただ、そんなことをすれば世論の反発を買い、票を失うことになるから、政治的には「バランス」を欠くことになるのだろう。

安倍首相は、詰まるところ我々が選んだリーダーだ。その発想や言動は、根っ子の部分で我々国民の意向を反映している。その中心には『優しさ』がある。しかしその優しさは『弱さ』とかなり重なっている。『誰の負担も増やさず、誰の受け取りも減らさない』ことが優先される。そうすることで、皆が不満なく(波風を立てずに)暮らせると思うからだ。しかし今やそんなうまい話はないので、当然問題が生じるのだが、その解決への取り組みはとりあえず先送りする。その繰り返しだ。

少子高齢化、低成長という環境変化を口にしながら、その変化に対する、痛みを伴う対応を回避して、リーダーに能天気な発言を続けさせているのは、他の誰でもない我々国民なのだろう。

(三菱UFJビジネススクエアSQUET 情報スクエア「五十嵐敬喜の『経済をみる眼』」2017年9月15日より転載)

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