甘い薬は効かない

2017/10/26

◆「消費税の使い道変更」が意味すること

<ケース1>財源を手当てしないまま、年2兆円の恒久的支出Aを続ける。結果は、債務残高が毎年2兆円ずつ増え続ける。そこで消費税を2兆円増税して支出Aに充てると、債務残高の増加が止まる。

<ケース2>財源を手当てしないまま、年2兆円の恒久的支出Aを続ける。消費税を2兆円増税して年2兆円の恒久的支出Bを新たに始める。結果は、債務残高は毎年2兆円ずつ増え続ける。

<ケース3>ケース1で債務残高の増加が止まったところで、財源を手当てしないで新たに年2兆円の恒久的支出Bを始める。結果は、債務残高は毎年2兆円ずつ増え続ける。

おわかりだと思うが、<ケース1>は元々あったシナリオ(支出Aは既存の社会保障関連支出)だ。<ケース2>は、安倍首相が今回打ち出した「全世代型社会保障制度」の一環として、教育費の無償化(支出B)が行われるケースだ。<ケース3>は、元々のシナリオを一旦実現させた上で、財源を手当てしないで教育費の無償化を始めるケースだ。<ケース2>も<ケース3>も結果は同じだ。どちらも<ケース1>で想定された財政の健全化は実現しない。

先月の本欄でも紹介したが、安倍首相は9月12日の日本経済新聞のインタビューで、消費税の使い道の変更には否定的だった。教育費の無償化についても、「大切なのは財源だ。財源がなければ実現できない」と明言していた。また菅官房長官も別の機会に、「財源なく大胆な改革を進めるような無責任な議論にくみすることはできない」(10月6日の記者会見)と述べていた。

しかし政権が出してきた提案は<ケース2>であり、実質的に<ケース3>と同じものだった。つまり、財源の手当てをしないまま教育費の無償化を図るのと変わらないことになる。「消費税の使い道の変更」が今回の解散・総選挙の大義だとされているが、実は、選挙で我々が問いかけられているのは、「財政赤字を拡大させて教育費の無償化を進めてよいか」ということだ。

安倍首相は上記の日経新聞のインタビューで、「最後は私の責任で、強い決意でしっかり財源を確保していく」と明言している。菅官房長官の先の発言と並べて眺めてみると、耳あたりのいい、安易な、無責任な政策が打たれようとしていると言えないか。

◆成長か? 財政健全化か?

結果として2020年度としていたプライマリーバランスの黒字化も先送りされるようだ。まるで教育費の無償化をする分だけ目標に届かないかのような印象を与えられているが、事実ではない。目標達成に対してギブアップ寸前の状態で、苦し紛れに打ち出したのが教育費の無償化という政策だったのだ。

難しいことはもちろん承知の上で言うのだが、全世代型の社会保障とは、世代間の配分を変えるのが筋だろう。財政赤字を拡大して財源とし、配分比率が低い世代への支出を増やすだけなら、知恵も工夫も要らない。そこには本気で財政健全化に取り組む意思は感じられない。

安倍政権の考え方は、「成長なくして財政健全化なし」である。「角を矯(た)めて牛を殺してはならない」ということだ。そのため財政の面では、法人税率を引き下げ、消費税率の引き上げを先送りしてきた。では、そうすれば経済成長率は高まるのか。逆に言えば、法人税率が高すぎるから企業は賃上げをしないのか、設備投資を増やさないのか。14年に消費税率を引き上げたから消費が勢いを失っているのか。

たとえば全産業(金融保険・保険を除く)の内部留保(利益剰余金)は、12年度から16年度までの5年間で年平均25兆円程度増えて、16年度末には406兆円に膨らんでいる。うち半分以上の211兆円が現預金だ。法人税率が高すぎて、内部留保が不足しているという状況ではない。法人税率を引き下げることに意味があるとすれば、成長力旺盛な海外の企業を呼び込むことであるはずだ。利益に課税される法人税を軽減しても、営業利益や経常利益は増えない。税引き後の利益は増えるが、企業総体で見たとき、それが成長のための必須条件だとは思えない。

また、消費税率を引き上げると消費が落ちてしまうのは、その分だけ物価が上昇し、実質所得が減少するからだ。しかしそうした消費の減少は、階段を1段下りるようなもので、下りのエスカレーターに乗ることとは違う。消費の勢いを前年比で考えるなら、1年経てば元のステップに戻れる話だ。物価が多少上がって消費が減少することに大騒ぎする一方で、政府・日銀が一体となって物価押し上げに躍起となっている現状はおかしくないか。ましてその方法としては、円安を通じて物価を引き上げることが関心の中心であり続けてきただけに、私自身は極めて強い違和感を持つ。

問題はかなり単純だと思う。日本の企業が全体として、本物の稼ぐ力(グローバルな競争力)を失ってきているのだ。結果としてコスト削減を優先し、最たるコストである人件費の抑制を続けてきたことが消費を低迷させ、デフレを持続させてきたという図式だ。

経済成長が重要であることは論を待たない。しかし、財政赤字を拡大させる(減税、増税の先送り、歳出の拡大)ことが持続的な経済成長を実現させると考えるのは間違いだ。それは短期、一時的な効果だけのドーピングのようなものだ。企業のアニマル・スピリットを損ない、依存心を高めさせる一方、確実に持続的な財政赤字の拡大をもたらしてきたのだ。

成長が財政健全化に先行するのではない。両者は同時に取り組むべき課題だ。企業の本物の稼ぐ力が落ちてきた理由は何だろうか。規制の存在か、経営者の能力か、従業員の質か、それとも……。痛みを避けることばかりを優先した政策を続けても、病が一向に快方に向かわないことははっきりしている。中長期的な視点で、真に解明すべき問題点、実行すべき政策は何か、もっと真剣に考えたい。

(三菱UFJビジネススクエアSQUET 情報スクエア「五十嵐敬喜の『経済をみる眼』」2017年10月12日より転載)

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