いつまで続く「異次元金融緩和」

2017/12/01

◆黒田総裁の後任は黒田総裁?

来年4月(8日)に任期満了を迎える黒田日銀総裁の後任は誰になるのだろうか。ブルームバーグが先月下旬に実施した調査によれば、下馬評は圧倒的に黒田総裁の再任を予想している。他には中曽宏副総裁、雨宮正佳理事、伊藤隆俊コロンビア大学院教授、本田悦朗駐スイス大使、岩田一政日本経済研究センター理事長などの名前が挙がっているが、獲得票数はダントツに黒田総裁が多い。安倍首相が「全幅の信頼」を置いていると明言していることも世論形成に影響しているのだろう。

黒田総裁が再任されるのであれば、当然ながら今の異次元の金融緩和は継続されるのだろう。何しろ先の総選挙で与党が大勝したこともあり、経済政策としてのアベノミクスがさらに数年は続く可能性が高い。そんな空気の中であれば、アベノミクスで最も大きな効果を発揮したとされる異次元金融緩和は、変更や修正をする方がむしろリスクが大きいとみなされるのが自然だからだ。

◆デフレ脱却のメカニズムは円安?

では黒田日銀がこれまでとってきた政策、そして再任された場合に継続していくであろう政策は何だと言えばよいのだろうか。もちろん、目標はデフレの克服であり、数値目標としては消費者物価を安定的に2%上昇させることだ。問題は、その目標をどうやって達成しようとしているのかという点だ。

私が思うのは、「円安を通じて」ということだ。日銀の説明は、「予想物価上昇率を高めて実質金利を押し下げ、結果として経済活動を活発化させてデフレ脱却を図る」というものだ。金融政策の操作目標をインターバンク金利からマネタリーベースに変更し、空前の規模のベースマネーを供給してきたのも、そして途中からマイナス金利政策を導入したのも、イールドカーブコントロールを始めたのも、すべては予想物価上昇率を高める(実質金利を押し下げる)ことが目的だとされてきた。しかし私には、こうした政策の隠れた狙いが「円安の進行」だと思えてならない。

周知のように、2%の物価上昇目標の達成予想時期はすでに6回も先送りされている。当初は2年程度で実現するはずだったものが、今は開始から6年以上先のことになってしまっている。そのせいで、異例かつ異常な超緩和政策が長く続き、副作用が心配される状況だ。「出口」にしてもトンネルを掘り進んだ先にあるように語られることが多いが、私はこのトンネルは竪穴だと思う。だから出口とは再び元の地上に戻ることに他ならない。しかし今さらそんなことができるのかという強い不安がある。

政府が、もはやデフレという状況ではないと言っているのだから、日銀はいつまでも2%に拘らないで、異次元緩和の収束を図ればよいと思うのだが、全くその気はないようだ。2%の旗を降ろして緩和にブレーキをかけてしまうと、2%を目標に金融政策を運営している欧米との対比から、為替が円高に振れるのを恐れているのだ。

◆円安ではデフレ脱却は不可能

日銀だけではない。少なからぬエコノミストも、日経新聞も、円高になるとデフレ脱却から遠のき、円安になるとデフレ脱却に近づくと考えている。確かに、円安が進行すれば、輸入価格の上昇を通じて国内価格に上昇圧力がかかるのは事実だ。しかし考えてみてほしい。デフレ脱却とは「安定的な」物価上昇のことだろう。しかし円安で起こる物価上昇は一時的なものに過ぎない。円安でデフレ脱却が実現するためには、円安が何年にもわたって持続的・継続的に進む必要がある。そしてその間、実質所得が海外に流出し続けるのだ。そんな事態が望ましいと言えるのか。

物価が上がりさえすればよいのではない。所得の増加を伴わなければ意味がない。それも所得増加率が物価上昇率を上回って、実質所得が増加する必要がある。おそらく事実は、先に物価が上がればそうした事態が実現するのではなく、所得が増えれば結果的に物価も上昇するということなのだ。

日銀が重視する「実質金利」も改めてよく考える必要がある。日銀が考えている予想物価上昇率とは予想消費者物価上昇率だろう。2つ問題がある。1つは、消費者物価を目標にするから「円安を通じて」という誤った手段に走ってしまうのだ。もう1つは、企業経営者にとっての実質金利が、「名目金利-予想消費者物価上昇率」でいいのかということだ。企業にとっての金利の負担感は、その企業の売上げや収益との対比で考えるべきだろう。そうであれば、たとえば大幅な円安で消費者物価が上昇しても、実質金利が低下して企業の借り入れ意欲が高まるといったことにならないのは明らかだ。

◆デフレは「原因」ではなく「結果」

今の金融政策は、最初の現状認識の段階で誤っているのだと思う。つまり、デフレだから日本経済の低迷が長く続いてきたのではなく、事実は、デフレは長期低迷の側面であり、結果であるということだ。デフレが原因ではなく結果であることをしっかり認識すれば、とにかく物価を上昇させようとする取り組みが間違いだということは容易にわかる。物価が上昇しさえすればよいなら、大幅な円安も原油価格の高騰も望ましい事態になってしまう。しかし、いずれの状況もわが国から実質所得を海外に流出させ、「所得が減少して物価が上昇する」事態をもたらすのは明らかだ。それが望ましいはずがない。

デフレが何の結果なのかと言えば、企業活動の成果としての所得の伸びが低迷し、その中で収益確保に走った企業部門が、最大のコストである人件費の削減を優先してきたことの結果なのだ。そうした行動は、消費(売上げ)の低迷としてブーメランのように企業業績の低迷に跳ね返ってきた。そこで企業が苦し紛れに、一斉に行った「値下げ」がデフレにつながったのだ。そこを見直さないまま、今の金融緩和政策があと何年も続くのだとすれば、その帰結が本当に心配だ。

(三菱UFJビジネススクエアSQUET 情報スクエア「五十嵐敬喜の『経済をみる眼』」2017年11月15日より転載)

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