年初早々の円高の背景

2018/01/31

◆日本発の円高

今年に入って為替市場でやや円高が進行している。113円台でスタートしたドル円相場が110円台へと、10日余りで3円程度動いた。主たる理由は、1月9日に日銀が国債の買い入れ額を減額したことだという。日銀が「異次元の金融緩和」の正常化に動き、国内金利が上昇することが意識されたために円が買われたというのが市場の受け止め方だ。過去数か月、動きが乏しかったとも言える円相場に変化が生じる予兆なのか。キーワードは「脱デフレと金利上昇」だろう。

為替相場の変動の原動力は「予想」である。ちなみに、この言葉は経済学ではexpectationの訳語だから「期待」と言われることも多い。しかし「期待」は日常語としては「将来の望ましいことに関する予想」のニュアンスを持っているので、そうした価値観を排除した「予想」を使う方がいいと思う。

日銀の今の金融政策の中心は「イールドカーブ・コントロール(YCC)」だ。10年物国債の利回りをゼロ%程度に維持する「長期金利の誘導目標」を掲げている。このゼロ%程度という目標が引き上げられるのではないかとの「予想」が生まれたことが、足元の円高進行の背景にある。市場にとっては長期金利の上昇(金融緩和政策の修正)は円高要因なので、そうした「予想」が生まれたら、実際に円高になる前に円を買っておこうとする動きが出て、結果として円が上昇したわけだ。

◆苦闘が続いた「異次元の緩和政策」

では、日銀は今の金融緩和政策を修正しようとしているのか。日銀自身は、9日の超長期債の購入減額については「日々の公開市場操作に政策的な意味はない」と説明したようだが、デフレ脱却を目指す「異次元緩和」が行き詰まってきていることは否めない。

黒田日銀の5年間を振り返ると、「デフレ脱却」のため、消費者物価の前年比上昇率を2%程度に引き上げることを目指して、異例の金融緩和政策を続けてきた。思い切った金融緩和政策を実施することで、皆に物価が上昇するという予想を持たせる。「予想物価上昇率」が高まれば、実際の物価上昇率も高まるだろうし、実質金利が低下する(実質金利=名目金利-予想物価上昇率)ことも、経済活動を活発化させて実際の物価上昇率を高めるだろう、という考え方だった。

そこで、まずは金融機関から大量の国債を購入して、巨額の代金(マネタリーベース)を市場に供給することにした(2012年4月)。次に、開始後1年半ほど経過した段階で、資金供給量をそれまでの年間60兆円程度から80兆円程度に拡大することにした(14年10月)。さらに1年余り後(16年1月)には、今度は「マイナス金利政策」に踏み込んだ。なかなか予想物価上昇率が高まらないので、名目金利を引き下げることで実質金利を下げようと考えたのだ。

しかしこの政策は、おかげで運用利回りが低下した金融機関が悲鳴を上げ、早々に見直さざるを得なくなった(16年9月)。そこで新たに出てきたのが、今に至るYCC政策というわけだ。この政策の下では、日銀は明言こそしていないが、金融緩和政策の重点が「資金の供給」から「金利のコントロール」に変更された。長期金利の下がりすぎを防ぐことが中心に据えられたのだ。

◆矛盾が目立つ金融緩和政策

現状はどうか。肝心の物価上昇は全く実現していない。直近の統計(昨年11月)では、生鮮食品を除いたコア部分の上昇率が0.9%、日銀が重視している、生鮮食品とエネルギーを除いたベースでは0.3%の上昇に過ぎない。日銀が目標とするデフレ脱却からは程遠い状況だ。

しかし景気はいい。景気の回復・拡大期間の長さは「いざなぎ景気」を超えて戦後2番目となり、さらにこの勢いは今年も続きそうだ。企業収益は史上最高水準を更新中であり、労働市場が逼迫して有効求人倍率は1.56倍になっている(昨年11月)。株価も上がってきている。

そうなると、いろいろ疑問が湧いてくる。そもそもデフレは脱却しないといけないのか。少なくとも、消費者物価が2%上がらないといけないという考え方はおかしいのではないか。日銀は間違った目標を立てたばかりか、その達成手段の選択でも過ちを犯しているのではないか。

大量の資金供給が必要だと言って始めた「異次元の緩和」だが、その資金供給の増加量はこの1年半ほどの期間で一貫して縮小し、足元では年率50兆円を切っている。「緩和」なら金利は下げるべきだろうが、今は、逆に金利が下がらないようにコントロールしている。目標が正しく、達成手段が合理的なものであって、それでも目標が達成できていないのであれば、手段の行使が徹底していないということになる。手段は金融緩和なのだから、資金の供給量は増やすことだし、金利は下げることであるはずだ。今はまるで後戻りするようなことをしているのだとすれば、要は手段が正しくなかったのではないか。

◆見直し必至の金融政策

まもなく4月初に黒田総裁の任期が切れる。続投の可能性が高いと言われているが、もちろん現時点では全くわからない。ただ、黒田さんが続投するにせよ、誰か別の人が引き継ぐにせよ、今の緩和政策は見直さざるを得ないだろう。5年前のスタート時点では、「量の供給」は緩和政策の中心だった。しかし現在では、マネタリーベースを年間80兆円増加させるとか、そのために日銀が保有する国債を年間80兆円増加させるといったことは「目途」に格下げされている。だから、足下で50兆円を割り込んでいるから問題だ、とは言えないのかもしれない。

しかし、日銀が国債の購入量を減らしているのは一時的なことではない。80兆円は目途に過ぎないとはいえ、現実との大きな乖離を次の総裁の下でも放置するわけにはいくまい。マイナス金利政策を維持する一方で、YCC政策の名のもとに金利の低下を防ぐというのも理解に苦しむ。

「2%の物価上昇」自体を変更することはないだろうが、「言ってきたこと」や「言っていること」と「実際に起こっていること」や「実際にやっていること」との乖離を、日銀はこれから縮めていく必要がある。今年はそんな年になる。市場はその気配を察しているからこそ、年初の日銀の行動のわずかな変化に敏感に反応したのだ。

(三菱UFJビジネススクエアSQUET 情報スクエア「五十嵐敬喜の『経済をみる眼』」2018年1月18日より転載)

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