次の5年間も黒田総裁!?

2018/03/01

◆実は同床異夢の安倍首相と黒田総裁

新聞報道等によれば、日銀の黒田総裁が続投する可能性が高いようだ。そうなれば黒田氏は4月から新たに5年間、2023年4月まで日銀総裁を務めることになる。日銀総裁が再任されれば約60年ぶりだというから、いささか異例のことだと言ってよいだろう。ということは、そこには黒田総裁を留任させたいという政権の強い意思が働いているのだと思われる。

安倍首相と黒田総裁は、手を携えてデフレ脱却を目指してきたというか、少なくともそのように公言してきた。しかし、二人が同じ意味で「デフレ」という言葉を使っていたわけではないというのが私の見方だ。政治家である安倍首相にとっては、デフレには「不況」のニュアンスが入っている。「デフレ≒不況」と言ってもいいだろう。対して、経済学にも深く通じている黒田総裁にとっては、デフレとは「物価の持続的な下落」でしかない。デフレが不況の原因になるという認識はあるだろうが、あくまでもデフレと不況は別物であるはずだ。

黒田総裁は、消費者物価が安定的に2%程度上昇する状況が実現することを「デフレ脱却」と定義し、それを目指して「異次元の金融緩和」を続けてきた。その意味では、目標達成の目途すら立っていないのが現状だ。しかし景気はよくなっている。とりわけ雇用市場は、安倍首相が自画自賛するほどの状況で、失業率は低いし、人手不足も進んでいる。

不況とほぼ同義でデフレと言ってきた安倍首相にとっては、状況は明らかに改善している。定義上、今の景気回復が始まったのは2012年12月、まさに安倍政権誕生のタイミングだ。政治的には安倍政権の経済政策が功を奏したから景気が回復してきたと主張できる。賃金が思うように上昇しないのは不満だろうが、見方を変えれば、そんな状況下で物価が先に上がってしまえば、せっかくの景気回復が頓挫しかねない。だから安倍首相にとっては、今や物価が2%上がるかどうかは優先課題ではないはずだ。景気回復が続くことこそが最重要であるのは間違いないところだと思われる。

◆金融政策の隠れた目標は円安の実現

安倍首相がデフレ克服と並べて経済政策の目標として掲げてきたのが、「行き過ぎた円高」の是正だ。民主党政権の末期、2012年頃のドル円相場は1ドル=80円を切るような水準だった。この円高が輸出企業の業績を悪化させ、株価の低迷にもつながっているという認識を持っていたのだと思われる。円安が望ましいという認識は、日銀総裁就任前の黒田氏(就任は2013年に入ってから)の考えとも重なっていた。円高は輸入価格の下落を通じて国内物価に下押しの力として働く。円高がデフレをもたらすという認識だ。黒田氏はそれまでの日銀の金融政策が決定的に緩和不足であったことが、円高やデフレをもたらしていると考えていたのだ。安倍首相と黒田総裁は、根っ子の部分では同床異夢ではあっても、円高を是正したいという思いでは完全に一致していたわけだ。

その後の日銀の金融政策は、一貫して円安の実現を目指すものであったと言ってよいと思う。先進国の一員である日本が、自国通貨の下落を目的とする政策をとるなどと口にするはずはないが、事実は、円安を通じた物価上昇を図る政策が打たれ続けてきたのである。

黒田総裁が公言する論理は、予想物価上昇率を引き上げて実質金利を低下させることがデフレ脱却に繋がるというものだ。そのために金融市場に膨大なマネーを供給するという「異次元の量的緩和政策」が打たれたのだが、実際その効果は極めて疑わしい。米連銀も同様の量的緩和政策をとってきたと言われているが、事実は異なる。米連銀は債券の購入を通じて相場を下支えすることが政策の目的であって、幹部(バーナンキ前議長やイエレン現議長など)は「量的緩和」の効果自体には否定的な見解を表明してきているのだ。

黒田総裁が、それでも量的緩和に固執し続けたのは、それを材料に市場で円が売られるという効果に期待してきたからだと思われる。常識的に考えれば、消費者物価が「安定的に2%上昇を続ける」のはまず不可能であるにもかかわらず、今もってその目標を取り下げないのは、目標を放棄した途端に相場が円高に振れてしまうのを恐れているからだ。

◆金融政策は正念場

安倍首相は、今や2%の物価上昇の実現には全く拘っていないと思うが、円高は困るという点では、黒田総裁と考えが一致している。異次元の金融緩和で「行き過ぎた円高」を是正してくれたと黒田総裁を評価しているようだし、引き続き黒田総裁に職に留まってほしいと考えるのは自然だ。また、日銀が国債の大量購入を続けていることで、政権が不要な景気対策で国債を増発したり、財政の健全化目標をないがしろにしても、長期金利が上昇しないという政権にとってのメリットがあることも見逃せない。

しかし、次の5年間の金融政策は前途多難だ。黒田総裁が続投する以上、これまでの政策を否定するわけにはいかない。また、「円高の回避」というスタンスが政策の自由度を縛ってしまう。何であれ、日銀が金融緩和の手を緩めたと市場に受け止められるようなことをすれば、円高が進んでしまう。

マイナス金利まで導入した日銀だが、今や逆に金利の下がりすぎを警戒している。そのため、デフレ脱却に不可欠であったはずのマネーの供給(国債の購入)も縮小している状況だ。金融緩和に逆行するような最近のこうした動きをどう説明するのか。それは、実は効果がない政策をやりすぎたということではないのか。また、達成時期の目途を6度も先送りしてきた目標を今後も掲げ続けるのか。本当なら見直さないといけないことだらけだ。しかしその試みが円高につながることは避けたいし、円高回避は政権の強い意向でもある。身動きが取れなくなっているのだ。

とはいえ、政権や日銀の期待もむなしく、今年が円高進行の年になる可能性がある。金融政策でその動きを止めようとすれば、緩和を強化する必要があるが、それは金利を低下させる話だ。日銀にそんなことができるのか。物価上昇目標が達成できるのならいい。しかしいつまでも達成できないようなら、あるいは不幸にして景気が悪化するようなことがあれば、黒田総裁はどんな行動をとるのだろうか。

(三菱UFJビジネススクエアSQUET 情報スクエア「五十嵐敬喜の『経済をみる眼』」2018年2月15日より転載)

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