「出口」以前の問題

2018/03/29

◆マネーストックとマネタリーベース

お金(マネー)とは預金のことだ。現金ももちろんお金だが、現金は預金が引き出されたものにほかならない。預金の引き出し額、つまり預金のうちどれだけを現金の形で保有するかを決めるのはわれわれ(家計や企業)であって日銀ではない。日銀がお札を刷っても世の中の現金は増えはしないし、まして世の中のお金が増えたりもしない。日銀は、預金が引き出される際に、「受け身的に」日銀券を印刷するに過ぎない、というのが事実である。

一方、預金には2種類ある。われわれが銀行に預けているお金と、銀行が日銀に預けているお金だ。前者をマネーストック(以下「MS」)、後者をマネタリーベース(以下「MB」)という。「異次元緩和」で日銀が増やしてきたのはMBの方だ。しかしMBをいくら増やしても、MSが増えなければわれわれは潤わない。

MSは銀行の負債なので、MSを増やすには銀行の資産を増やす必要がある。具体的には、銀行が貸出や債券の保有を増やすとMSも増える。また、歴史的には、MBの量の制約がMSの増加を抑制してきた。というのも、銀行はMSの一定量をMBとして無利息で日銀に預けなければならないという法律がある(確か中学か高校で習った)。そのうえMBの量を決めるのは日銀なので、日銀がMBを増やしてくれなければ、銀行はMSを増やすことができないし、つまりは貸出や債券の保有額を増やすことができない、ということなのだ。

銀行がMSのうち何パーセントをMBとして日銀に預けないといけないかの比率を「預金準備率」というが、現実の大きさは1%程度である。逆に言えば銀行は、日銀が決めたMBの100倍程度のMSを持つことができる。ということは、MBの100倍程度まで貸出や債券を保有することができるわけだ。さらに、日銀がMBを増やすと、銀行はMBの増加額の100倍の貸出や債券保有を新たに増加させ、同額のMSを生み出すことができる。これが銀行の「信用創造機能」と呼ばれるものだ。

◆実質金利が下がればマネーストックが増える?

日銀はどんなメカニズムを想定して「物価上昇目標」を達成しようとしてきたのか。結論を言えば、「MSの増加を通じて」ということだ。そもそも日銀は、「実質金利=名目金利-予想物価上昇率」という式において、実質金利を引き下げることでデフレからの脱却を目指すと言ってきた。そのために、予想物価上昇率の引き上げや名目金利の一段の引き下げを図ってきたのだ。ではMSと実質金利に関係は、と言えば、実質金利が下がればMSが増えると日銀は考えているということだ。

もう少し説明が必要だ。MSの増加は銀行の貸出や債券保有の増加である。それは、われわれにとっては銀行からの資金調達(借入)である。借りたお金は必ず使われる。なぜなら、期限には返さないといけない、また利子も払わないといけない。それでも借りるのは今、必要だからだろう。だから借りたお金は使われる。お金が使われれば、「お金が回る」。お金が回れば景気が刺激されて、「物価も上がる」ということだ。結局、日銀がMSの増加や実質金利の低下を図るのは、われわれにもっとお金を借りさせることを目指しているということになる。

◆「出口」の前に日銀が直面している問題

しかし、黒田総裁が登場した2013年当時、MBはすでにMSの1%以上あった。換言すれば、MBはMSを増やす制約にはなっていなかった。当然ながら、黒田総裁が猛烈な勢いでMBを増やしたところで、MSが増えるはずもなかった。MSの制約になっていたのは、むしろわれわれの「資金需要の弱さ」だった。借りることは貰うこととは違う。借りた金を使って利益を生み出し、利子を払い、元本を返済し、手元になお残ることが必要だ。その期待が持てない限り、誰もお金を借りようとはしないのは当然だ。

リフレ派と呼ばれる人たちは、MBとMSとの間に比例関係があると主張している。その比率が低下してきていることは認めるが、ゼロではないので、MBをひたすら増やせばMSを増やすことができると信じている。しかしMSが増える条件は、われわれが「成長期待」を持って、お金を借りることだ。MBをいくら増やしても、われわれのお金であるMSは増えないし(MSを増やすのはわれわれ自身であることはもうおわかりだろう)、われわれの成長期待を高めたりしないことは自明だろう。

日銀は実質金利を引き下げるために、猛烈な勢いでMBを増加させて「予想物価上昇率」の引き上げを図ったが、うまく機能しなかった。そこで、今度は「マイナス金利政策」によって実質金利を下げようとした。しかし否定しようのない副作用が生じたため、現在は「金利が下がりすぎない程度にMBを増やす」という政策にシフトしている。果たしてそんな政策が目指す効果を生むのだろうか。

考えてみれば当然のことだが、金利の低さはお金を借りる条件の1つに過ぎない。繰り返しになるが、一番大事なのは、借りたお金を使って利益を生み出す期待が持てるかどうかだ。その点に関して、黒田総裁が「異次元の金融緩和」を始める時点で、金融政策でできることは既にやりつくしていたと言ってよいと思う。だから、その上MBを増やしたり、名目金利をマイナスにしたりするのは、「やりすぎ」でしかない。やりすぎは副作用をもたらす。黒田総裁が再び担うことになりそうな次の5年間は、今や副作用ばかりが目立つ政策の、その副作用をいかに軽くするかが問われる期間になるだろう。

ちなみに、副作用の中でも目立つのは、金利を下げすぎたことによる運用利回りの低下(とくに中小金融機関や年金基金等の困窮)や財政規律の喪失などだ。しかし、単純に副作用を緩和しようとすれば、日銀が、そして誰より政府が、忌み嫌う円高を引き起こしかねない。「出口」の話は、まだ早すぎると黒田総裁は繰り返しているが、確かに日銀は、先の話をする前に、すでに直面している問題にどう対処するかが問われている。

(三菱UFJビジネススクエアSQUET 情報スクエア「五十嵐敬喜の『経済をみる眼』」2018年3月15日より転載)

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