値上げできる経済、できない経済

2018/06/04

◆苦渋の値上げ?

日本経済新聞の朝刊に「迫真」というコラムがあるのはご存じだろう。今回のテーマは「検証 値上げの春」というものだ。その第1回が今週14日に掲載されたが、サブタイトルが「努力の限界超えた」となっている。読まなくても中身は大体想像がつく。コストの上昇を企業努力、経営努力で何とか吸収してきたが、ついに限界に達して値上げに踏み切らざるを得ない、その苦悩ぶりが書かれているのだ。

茶化すつもりは毛頭ないが、素朴な疑問が生じる。「コストが上がったのなら、価格(売り値)に転嫁すればいいのに、なぜそうしないのか」「コストとは別の誰かの売り値であるはずだが、そちらが上昇するのは受け入れて、自分の売り値は上げられないと考えるのはなぜか」といったことだ。

来年10月に予定されている消費税の増税について、政府が様々な対策を検討しているようだ。報道によれば、「消費増税の増収分5兆円強のうち、軽減税率の導入や教育無償化に振り向ける計2兆円超を差し引いた2兆~3兆円を対策費に計上する構想が浮上している」(日経新聞5月15日付け朝刊)という。税収の増加分はすべて使ってしまって、財政健全化のためには一切使わないことになる。

どちらの話にも共通しているのは、最終価格(消費者物価)が上昇すると売上げ(消費)が減少し、景気が悪化すると怖れているということだ。消費者は少しでも安いものを欲しているので、安易に値上げするとそっぽを向かれてしまうという認識が売り手側にあるのだ。

◆消費者に優しい日本の社会

考えてみると、日本は優しい国だ。別の言い方をすると、国民(消費者)を子ども(ガキ)扱いしている。交通機関のアナウンスだってそうだ。ラッシュの時間に、「降りる方を先にお通しください」「扉付近に立ち止まらないで中までお入りください」「左右を見渡して、少しでも空いた扉にお回りください」等々、私に言わせれば「誰に向かってものを言っているんだ」という感じだ。今週、日系のキャリアで海外出張したが、海外のキャリアに比べると圧倒的に機内放送の回数が多いし、しゃべりが長い。つまりクドイのだ。改めてそう思った。

要は大人である客に、自分の判断で、自己責任で行動させようとしないのだ。「お客様は神様」ではないが、少なくとも対等ではないとへりくだっている。他方、質の高いサービスをタダで享受し、普段から甘やかされることに慣れてしまっている我々お客は、少しでも行き届かないことがあるとすぐに不満を持つ。「責任者出てこい」「何とかしろ」ということになる。一概には良いとも悪いとも言えないが、我々の社会がそういう社会であることと、冒頭の話は無関係ではない気がしてならない。

◆消費税の増税は悪か?

消費税の増税にあたって、政府は小売業者に税込みの「総額表示」を推奨するという。消費税の存在を消費者が意識しにくくなるからだそうだ。しかしそれはおかしくないか。消費者に負担を求めるのが消費税だ。税額がいくらなのかを消費者は認識すべきだ。消費税を引き上げたら消費にブレーキがかかるのは当然だ。ただし、それは1回限りの話だ。物価を前年比で考えるなら、1年経てば増税の影響は消える。つまり、消費税のせいで消費が下りのエスカレーターに乗るわけではない。1階下の上りのエスカレーターに乗り換えるという話だ。

消費税を上げたら景気が悪化するので、それを防ぐためにあらゆる手を打つというのは、消費者におもねった政策だ。消費者は弱者だから保護しなければならないという考え方なのだろう。弱者は値上げしたら買えなくなる。だから値上げはできないという考え方も、消費者を子ども扱いしていると言えるだろう。そこでは売り手と買い手は基本的には対等だという発想が欠けている。

◆より安くではなく「相応しい価格」を目指す

物価が上がると消費が落ちるのは自然なことだ。ただしそこには条件があって、収入の増加に比べて価格の上がり方の方が大きければそうなるのだ。逆に言えば、コストが上昇しても怖くて価格転嫁できないとか、消費税率を引き上げれば消費が減ってしまうと考えるのは、収入(賃金)が増加しないことを前提にしていることになる。本当の問題は、収入が増えないことの方だ。

売れなくなるから値上げしないというのではなく、値上げしても売れるようにしなければならない。その実現には2つのことが必要だ。1つは、値上がりしても買えるように収入を増やすこと。もう1つは、値上がりしても、それでも欲しいと消費者に思わせることだ。

コストが変わっていないのに売り値を100円引き上げれば、売り手の利益が100円増える。これは、マクロで見ても所得の増加であり、たとえばそれが従業員の給料に回れば、彼は100円高くなったもの買えるお金を手に入れることができるわけだ。彼が実際に購入するとすれば、そのモノやサービスは、100円余計に支払ってでも欲しい魅力を持ったものだと言える。

デフレと言われる状況では、売れそうにないから値上げできない、値下げすらする、だからもちろん給料は上げられない、だから売れない、という悪循環に陥っている。これをどう打破すればよいのか。自社だけ給料を引き上げても、それが自社の売上げ増加につながりそうにないなら躊躇するというのが現実だろう。だったら、値上げしても売れるような売り方をするとか、売れるようなモノやサービスを生み出すことをスタートにすべきではないか。

興味深い話を聞いた。ある大学で35人の学生と教官がチョコレートの目隠しテストをした。ゴディバと森永の同種類のチョコレートだ。18人は森永製品が好きだと言い、17人がゴディバを支持した。どちらもおいしく、品質にも問題がなかった。ただ単価には、ゴディバのチョコが森永の8倍という大きな差があった。つまり消費者は、納得してゴディバのチョコの高い価格を受け入れているのだ。

発想の転換が必要ではないか。消費者を子ども扱いして、安くすれば買ってくれると考えるのはやめよう。ふさわしい価格を提示して、しっかり儲ける。消費者が、安いからではなく、欲しいから買うと思うような売り方、商品で勝負しよう。

(三菱UFJビジネススクエアSQUET 情報スクエア「五十嵐敬喜の『経済をみる眼』」2018年5月18日より転載)

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