「3度目の正直」の消費税

2018/11/08

繰り返されてきた先送り

消費税率が来年10月に引き上げられる。周知のように、この8%から10%への引き上げは、延期を繰り返してきた。元々は、野田佳彦首相(当時)の下で、民主・自民・公明の3党合意(2012年6月)が結ばれ、14年4月に5%から8%へ引き上げた後、1年半後の15年10月にさらに10%に引き上げると国会で議決されていた。

しかし12年12月に誕生した今の安倍政権になって、14年4月の引き上げこそ予定通り実行されたが、15年10月の引き上げは、14年11月になって1年半後(17年4月)へ先送りされた。当時、安倍首相は「再延期はない」と断言し、その後も「リーマンショックのような重大な事態が起きない限り、消費税率は予定通り引き上げる」と繰り返し発言した。ところが、16年5月になって、新興国経済の落ち込みなど世界経済の下振れリスクを挙げて、「リスクには備えなければならない」として、19年10月まで、さらに2年半先送りすることを決断したという経緯がある。

こうした経験から、国民の多くが、「安倍首相は消費税率を上げたくないのだ」「なんとか避けたいと思っているのだ」という強い印象を持ってしまったのだと思われる。少なからぬ人たちが、どうせ、また先送りされるのではないかと予想(期待?)しているようだ。私のような者にも、「本当にやると思いますか」と質問してくる人たちは多い。私の答えは、「『2度あることは3度ある』ではなく、今度こそ『3度目の正直』でしょう」というものだ。教育の無償化という自ら打ち出した政策の財源として消費税収が必要なのだから、安倍首相は来年の引き上げは万難を排して実行するだろう。

消費税は誰が負担するのか?

どうにも、モヤモヤ、腹立たしく思っていることがある。プロ野球のペナントレースで3位になったチームが、「クライマックスシリーズを勝ち抜いて『日本一』を目指します」と言ったりする。違うだろ! 144試合を戦って、3位に終わったんだろ! その後の短期決戦に勝ったら日本一だなんて、じゃあ何のためのペナントレースだったんだ! と思うのだ。アメリカの「ポスト・シーズン」の仕組みは筋が通っている。しかし、日本の「ポスト・シーズン」なるものは全く別物であり、筋が通らない。動機が不純。ご都合主義そのものだ、と思う。

どうも日本にはそういう話が多いように感じる。消費税にもある。「総額表示」などはその典型ではないか。消費税は、消費者に税負担を求めるものだ。何かモノを買ったときに、消費者は税額がいくらかを知るべきだろう。「いちいち計算するのが面倒だ」などという言い草(批判)は意味不明だ。消費税率の引き上げは、納税額が増える話であって、モノやサービスの価格自体が上がる話ではない。それを総額表示にすることによって、消費者の税負担感を和らげるとか、売り手に増税分の一部(または全部)を負担させるとか、さてどんな効果を狙っているのだろうか。姑息なやり方だと思う。

また、そもそも消費者の納税額を増やす話なのだから、消費が減少するのは当たり前だ。具体的には、税込みの価格が上昇するから、消費者の予算が変わらなければ、買える個数や量が減ってしまう筋合いだ。ただし、こうした実質消費の減少も、前月比でみれば1カ月限りだし、前年比でみれば1年限りだ。しかし、その減少を消費者への補助金で回避しようとすれば、永遠に出し続けなければならない。

増税と経済成長

経済成長を、「上りのエスカレーターに乗っている」ようなものだと考えてみよう。消費税率が引き上げられると、「せっかく2階まで上がったのに、一瞬で1階に戻される」ことが起こる。しかし、上りのエスカレーターに乗っている限り、いずれ2階に上がれるし、さらに3階にも行ける。消費税率の引き上げは、下りのエスカレーターに乗り換えさせられることとは違うのだ。

つまり消費税率の引き上げは、物価の上昇を通じて消費者の実質所得を押し下げる。以後、増えなくするのではなく、水準を押し下げるのだ。引き上げられなかった場合の所得の成長経路(右上がりの線)が下方にシフト(平行移動)するわけだ。消費税のせいで経路が下向きに変わるといったことは起こらない。

消費税率の引き上げは、日本の財政の先行きを展望すれば、避けて通れないことは明らかだ。したがって重要なことは、経済を成長させること、所得の増加を維持することだ。右上がりの線が、増税によって下方にシフトすることは、嬉しくはないが、やむを得ないのだ。「消費税率を上げる、上げない」と、「成長の持続」は別物である。

消費税は逆進性を持つからダメだと言われることも多い。所得の低い人たちの方が、「生活必需品に課される消費税額」の所得に占める比率(税額そのものではない)が高くなることを指すが、筋論としては、こうした問題は税体系全体で考えるべきだ。軽減税率の導入は制度を複雑にするばかりで、公平性が大きく改善するとは言えまい。世論受けを狙った小手先の手段という印象がぬぐえない。

置き去りの本質論

税率を上げれば経済が成長しなくなるのではない。低成長の国が、税率を下げれば成長率が高まるのではない。税負担率(税収総額/GDP)が日本より高いにもかかわらず、日本よりはるかに高い成長を続けている国は少なくない。税率を上げたときの成長経路の下方シフトと、経路そのものの傾きを混同してはならない。経路を持続的な右肩上がりするために、何をどう変えていくべきか、どんな手を打つべきか。しっかりと議論していかなければならない。

とりあえず消費税率を上げておきたい。できるだけ目立たないように、国民からもあまり不満が出ないように。そのためには歳出で大盤振る舞いすることも辞さない。何しろ「成長なくして財政健全化なし」だ。この国の将来をどうするのかとか、そのためにどんな税体系が必要か、といった本質的な議論は、今はやらない。政治家が望んでいないから。票につながらないから。

そんな中で、来年10月に消費税率が引き上げられる。

(三菱UFJビジネススクエアSQUET 情報スクエア「五十嵐敬喜の『経済をみる眼』」2018年10月11日より転載)

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