「FAGAM」が変える人類文明

2017/12/07

ここ2、3年、世の中が何かしら大きく変わってきたと感じるのは筆者だけであろうか?

なぜそう感じるのか。一例をあげると、いわゆる「FAGAM」と呼ばれる巨大インターネット企業が提供するサービスが私たちの日常生活に深く、広範に浸透してきたということがある。

「FAGAM」とは、アメリカの巨大なネット企業の頭文字をとったものだ。

すなわち、F=Facebook、A=Amazon、G=Google、A=Apple、M=Microsoftである。

こういった企業が提供するさまざまなネット上のサービスは、知らず知らずのうちに私たちの生活に深く根を張り始めた。外食をする、旅行に出かける、本を購入する、記憶があいまいな知識を確認する、ワインの値段を調べる、かかっている音楽の題名を調べる、SNSで仲間と意見の交換をする、ゲームを楽しむ等々、今や、多くの人にとってスマホなしの生活は想像できない状況だ。

つまり、わたしたちはここ数年のうちに、「FAGAM」を中心とするネット関連企業が提供する情報システムにしっかりと組み込まれてしまっており、それなしにはもはや生活できなくなっているということだ。そうなった原因は、何といっても利用する人間にとって、とてつもなく便利だからであり、効率的であり、サービスによっては喜びさえ与えてくれるからである。つまり、ネットが提供するさまざまなサービスを利用するのは、決して誰かに強制されたからではないということであり、それがこれらのサービスが地球上で急激に拡散し、浸透してきた最大の理由である。このことを思えば、この流れが、当分の間、世界中で加速していくことは間違いない。

このように、「FAGAM」を中心とするいわゆるプラットフォーマー(プラットフォームを提供している業者)とそれを活用した無数のサイトが我々の生活の中心を形成するようになってきたわけだが、それは人類文明をどう変えていくのであろうか。

もちろん、さまざまな個人情報の内包する意味がAIによって解明され、我々の生活がますます便利になるというプラスの側面は否定しようがない。しかし、負の側面にもそろそろ注目せざるを得なくなってきた。

一つは、利用者の膨大な個人情報がこれらプラットフォーマーの手元に着々と蓄積されていることがある。例えば、Facebookの「いいね!」ボタンを、誰がいつ、どのようなテーマの時に、どのようなタイミングで押したのかといった個人情報が蓄積されると、その人がどのような政治信条を持ち、何を好み、いかなる行動パターンを持つのかといったことがわかってしまう。その結果、Facebookはある特定の個人について、本人以上に詳しく知っているという、ある種不気味な存在になる可能性がある。

もう一つは、多数の個人情報が蓄積されると、「FAGAM」は社会の傾向を判断し、それを使って人間社会をある一定の方向に操作する力を持つようになるかもしれないという懸念だ。これは個人の自由意思とそれに基づく自由民主主義を至上の価値とみなす近代社会の根本を揺るがす可能性がある。そうなると、個人の自律性(そのようなものがあるとすればの話だが)が消滅するからである。

ネット革命、AI革命が人間社会の根本的な構造、ひいては人類文明そのものを変えていくとすれば、私たちはこういったネット社会の動向に大いなる関心を持たざるを得ないだろう。「便利だからネットを使う」だけでは済まされない、これまでとは異なる新しい時代がやってきたのである。

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