「不老不死」への道

2018/10/04

20世紀までの技術革新の多くは、「人間の身体の外」で起きた。速く歩けないから自動車をつくり、空を飛べないから飛行機をつくり、計算に時間がかかるからコンピュータをつくった。このように、人間は自分の身体の外に様々な人工物を配置することによって、生活をより便利に、快適にしてきた。また、人間はこの種の人工物を身の回りに配置することで、他の生物に比べて圧倒的な力を手にし、地球の覇者となったのである。

しかし、21世紀の技術革新は少し異なる特徴を持つようだ。21世紀技術の大きな特徴の一つは、「人間の身体の外」に人工物をつくるだけでなく、そこから一歩進んで「人間の身体の内部」の改造に向かっているという点にある。AIやゲノム編集の技術を駆使して、人間の身体そのものをつくり変えていこうとしているのである。

もちろん、20世紀にもその萌芽はあった。たとえば、うつ病治療のため、脳の中に存在する特定の神経伝達物質を増やす抗うつ薬が開発された。抗うつ薬がうつ病患者にとって大変な朗報であったことは言うまでもない。しかし、抗うつ薬の研究がもっと進んで、うつ病患者だけでなく、誰でも愉快な気持ちで過ごせる薬として認められるようになったとしたら、何が起こるだろうか。

誰でも、ストレスに悩まされたときなど、気分を陽気にしてくれる効果的な薬があれば、飛びつきたくなるだろう。もっと言えば、いつでも陽気な気分で楽しく過ごせるように、脳自体を改造して欲しいという気持ちになるかもしれない。技術が身体内部に向かうということは、端的に言えば、人間の身体(と心)を人間にとってより幸福になるように改造するということにほかならない。

身近な例は、白内障の手術だ。白内障は、目の中の水晶体が加齢などで濁ることにより視力が低下する病気であるが、これを治すには、濁った水晶体を取り出して人工の眼内レンズを入れるという方法が一般的だ。最近では、通常の単焦点レンズ以外に、多焦点のレンズを入れるという技術が登場し、普及し始めた。多焦点レンズにすると遠くにも近くにもピントが合うため、白内障が治るだけでなく、近視や遠視が一気に解消してしまう。この手術を受ければ、「身体の外側の技術」だった眼鏡が、「身体の内部」の改造にとって代わられる。これはもう「人間のサイボーグ化」への第一歩と言ってもよいだろう。

もちろん、これらの例は、人間がサイボーグ化に向かう最初の一歩に過ぎない。臓器の再生技術が普及するには相当の時間がかかるだろうが、21世紀の終わりころにはめどが立つかもしれない。実際、薬や外科の分野で起きた技術革新が、遺伝子工学の分野で起きない理由は何もない。そうなったとき、たとえば、子どもが遺伝病になる危険性が高い人たちが治療を受けることには誰も反対しないだろう。しかし、その技術が使えるとなると、裕福なカップルが賢くて美しい、いわゆるデザイナーベビーを誕生させるための治療に大金をつぎ込むようになる。やがて、不老不死への道が開かれることになるかもしれない。

不老不死はギルガメシュ以来、長い間の人間の夢であった。しかし不老不死が技術的に可能になれば、それは、おそらく、人間がサイボーグになるということを意味するだろう。サイボーグになった人間は、死ぬ惧(おそ)れはないが、それは依然として「人間」と言えるのだろうか。

『サピエンス全史』の著者、ユヴァル・ノア・ハラリが言うように、ホモ・サピエンス(賢いヒト)は、より高度な文明を享受する『ホモ・デウス』(神のヒト)にとって代わられるのであろうか?

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