「シャーロック・ホームズから考える著作権問題」

2007/10/09
経済・社会政策部(東京) 主任研究員 太下 義之

 最初にお断りしておくが、筆者はいわゆる「シャーロキアン」ではない。したがって、以下の文章において、シャーロック・ホームズに関して不適切な表現があった場合には、素人ゆえとお考え頂き、どうかご容赦いただきたいと思う。さて、シャーロック・ホームズの話題をする前に、まずは「著作権保護期間の延長問題」について説明しておきたい。
 「著作権の保護期間」は、現在の日本では「著作者の生前全期間+死後50年間」となっている。この期間について16の権利者団体が2006年9月、「さらに20年間延長」を求める要望書を文化庁に提出した。一方、欧米諸国においては1990年代に相次いで保護期間を20年延長しており、アメリカは日本にも保護期間を延長するよう要求している。
 しかし、著作権の保護期間は、過去において延長された期間が短縮された例はほとんど無く、ひとたび延長されてしまうと、次に短縮することはきわめて難しいものと考えられる。それゆえこの問題に関して、多様なセクターの関係者が意見を交わし、もっと議論することが必要であるとの認識から、「著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム」が2006年11月に設立されている。
 実は筆者も同フォーラムの発起人に名を連ねており、「著作権保護期間の延長」には懐疑的な立場である。この「著作権保護期間の延長問題」には様々な論点が内在しているが、本論においては、パロディやパスティーシュに代表される新しい創造(メタ・クリエーション)という視点から検討してみたい。
 さて、ここで名探偵シャーロック・ホームズ氏の登場である。正確な統計などもとより存在するわけもないが、古今東西を通じて創作されたキャラクターの中で、パロディやパスティーシュが最も多く生み出されているのは、やはりコナン・ドイル原作のシャーロック・ホームズなのではないか。
 幸い、シャーロック・ホームズに関しては熱心な研究者によって文献の整理が進んでいる。現時点でシャーロック・ホームズに関する最新かつ最も体系的・網羅的な書誌は、“THE UNIVERSAL SHERLOCK HOLMES”(De Waal , Ronald Burt)であるとされており、この中に“XI. Parodies,Pastiches,Burlesques,Travesties and Satires”という項目がある。
 同文献によると、オリジナルのシャーロック・ホームズ作品は、1887年から1927年にかけて60編(長編4、短編56)が発表されている。これに対して、パロディ及びパスティーシュは最も古い作品が1891年に発表されて以降、上記文献が整理した1993年までの間に、筆者の調査によると1,803編もの作品が新たに創造されているのである。
 筆書は、このようなパロディやパスティーシュに代表される二次的・副次的なコンテンツの利活用が行われることにより、オリジナルのコンテンツ(この場合はシャーロック・ホームズ・シリーズ)が大衆から忘れ去られることなく、その人気の持続にも大いに貢献しているのではないかと考えている。
 一方、現在のイギリスにおけるコナン・ドイル(シャーロック・ホームズ)の著作権の継承については、現時点では相当に複雑化しているものと推測される。しかし、むしろ複雑な許諾を得ないで、パスティーシュを自由に執筆・刊行できる方が、オリジナルにとってもベターなのではないかと筆者は考えている。
 本論においては、シャーロック・ホームズのパロディ、パスティーシュという視点から著作権の問題について触れてみたが、この一例からも理解できるとおり、著作権保護期間の延長問題とは、著作権に関連する一部の業界だけが関心を持てばよいという問題ではなく、実は私たちの文化のあり方を規定するきわめて大きな問題なのである。

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