政権交代:雇用対策の先を見据えた農業人材育成を

2009/11/04
公共経営・地域政策部 副主任研究員 阿部 剛志

雇用の受け皿として期待される農業

 10月23日に首相官邸(緊急雇用対策本部)が発表した緊急雇用対策では、「介護」、「農林」分野が雇用創出分野の大きな柱として打ち出され、「緊急雇用創造プログラム」において同分野の雇用創出・就業促進を積極的に展開していくとしている。
 このうち、本稿では農業にフォーカスして、今回の取り組みが単に「緊急雇用」で終わらずに、危機的状況にある日本の農業の持続的発展に資するよう、あるべき新規人材像とそれを育成する政策・制度について考えたい。

農業者を巡るわが国農業の実態とこれからの農業者に求められる能力

 現在、日本の基幹的農業従事者のうち約6割が65歳以上の高齢者(5割弱が70歳以上の高齢者)であり、こうした高齢者が農業・農村の基幹的な担い手、経営体として今日でも活躍しているのが実態である。
 今後10年程度を見据えれば、相当数の基幹的農業従事者の世代交代・人材交代は不可避であり、新規の人材が働く場(新たな農業経営者の需要)は維持、もしくは拡大していく可能性が高い。
 既に農業分野では国や自治体を始め民間ベースでも様々な新規就農施策が講じられてきており、農林水産省の調査によれば年間数千~1万人程度が実際に新規就農を果たしているが、これまでの基幹的農業従事者が減少していく中で今後の農業人材には以下に述べる能力が強く求められるようになる。
 これまでの基幹的農業従事者(経営体)の多くは家族経営(いわゆる農家)であると同時に、自らまたは配偶者が生まれ育った土地・集落において地縁血縁の強い人間関係の中で農業を営んできている。
 その中では、農業者個々が「経営体」として独立・自立することよりも、集落・地域全体で共同体としての互助機能を担保にすることで安定的な農業および生活を営んできたといえる。
 しかし、農業従事者人口の減少、高齢化といった社会の趨勢から見れば、こうした農業形態をすべて維持していくことは困難であり、特に新たな土地で新規就農する人にとっては、共同体の互助機能だけに依存しない「独立・自立した経営体」となれる能力がより強く求められるようになる。

必要な人材の育成に適した施策の方向性

 つまり、新政権が打ち出した農業での雇用対策を、日本の農業の中長期的な維持・発展に結び付けていくためには、今後の新たな農業人材の育成に当たって、単に「農業労働者(ワーカー)」を育成するのではなく、「農業経営者(ワーキングマネージャー)」を積極的に育成していかなければならないのである。
 新たな農業人材が独立・自立した経営体となっていくためには、言うまでもなく第一に安定した収入の確保が重要である。そのためには基盤となる農業の生産技術の向上に加え、農家1戸当たりの農地面積が1.83haと先進諸外国(EUは16.9ha、米国は181.7ha)と比べても小規模であるわが国では、農業関連収入の多角化とそれらを組み合わせ安定的・持続的な収入に結びつける経営技術の双方が肝要であり、これらの能力を育む教育・研修制度の確立が重要になる。

他国の取り組みから学ぶ農業人材育成制度

 欧州の中でもアルプス山脈の麓に位置し、国土の大半が山岳地域に属することから比較的小規模経営を強いられているオーストリア、スイスの両国は、先進諸外国の中でも日本に近い農業環境に置かれている国であるといえる。
 これら両国では「多業・副業を前提とした農業者の育成」「技術と経営を専門分化させた資格制度」を確立させ、地理的条件を克服し独立・自立した農業経営体の育成を成功させている。
 両国の制度や考え方には多少の相違があるが、考え方や内容には大きな違いはないため、ここではオーストリアの教育・研修制度の概要と日本への示唆を述べることとしたい。
 まず、「多業・副業を前提とした農業者の育成」については、農業に就業しようとする青年が進学する学校(日本の農林業高校、農林大学校に相当)では、3年間の座学(学校での勉強)と1年間の実技(農業の現場での研修)が必須課程であるが、その中で農業以外の職業技術の習得を課している。例えば農業(畜産)と乗馬経営、農業(園芸)と健康食品加工技術、農業(酪農)とグリーンツーリズム(観光)といった具合で農業や地域にある自然資源を機軸に多業化の技術を養成している。
 もちろん、多業・副業のための教育は青年教育だけでなく、既に農業に従事している人も参加可能であり、例えば農家の奥さんが新たに農家民宿、農家レストランを始める場合などに教育を受けることもできる体制を築いている。
 わが国との大きな違いは、単に農業生産だけでは持続的な農業経営は困難であるとの認識にたち、多業・副業のための技能習得を教育課程においてすべての農業者に課しているところである。
 次に「技術と経営を専門分化させた資格制度」については、農業生産技術の職業訓練を修了した「専門技術士(ファッハアルバイタ)」、農業経営技術の職業訓練を修了した「農業経営士(マイスター)」という2段階の公的資格を設けている。
 マイスターはファッハアルバイタの上級資格であり、ファッハアルバイタを取得した後に1年間農業に従事し、更なる研修プログラムを3年間にわたり受講した後、試験を受けて初めてマイスターの資格を取得することができる。なお、オーストリアでは直接支払制度などの行政支援策の対象を、両資格を取得している農業者に絞っているため、農業者の多くに両資格を取得しようと努力するインセンティブが働いており、事実、ほとんどの農家が「ファッハアルバイタ」の資格を取得している状況にある。
 わが国では認定農業者など一部の意欲的な農業者を対象とした資格制度は存在しているが、大半の農業者を対象にした資格制度(教育・研修制度)は体系的に存在しておらず、新規に就農しようとする人の多くはOJT(現場での業務を通じた技術習得)に頼らざるを得ない状況にある。
 オーストリア・スイスの両国では、こうした教育・研修制度設計の結果、継続的に農業のプロフェッショナルが育成されており、日本のような極度な高齢化や担い手減少を防ぎ、持続的な農業の実現を果たしている。
 前述の通り、単に「農業労働者(ワーカー)」を育成するのではなく、「農業経営者(マネージャー)」を積極的に育成していかなければならない状況にあるわが国では、直面する雇用対策の視点だけでなく、中長期的な農業の発展の視点から、オーストリア等の取り組みを参考に新たな人材育成制度設計を急がなければならない。

図表 オーストリアの農業資格制度と取得の流れ

オーストリアの農業資格制度と取得の流れ

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