「レアアース・ショック」に見る日中貿易の課題

2012/05/25
環境・エネルギー部 主任研究員 清水 孝太郎

2010年9月に発生した尖閣諸島中国漁船衝突事件は、閣僚級の交流中止、日系企業関係者の拘束などといった中国政府による対日報復措置へと発展した。特にその後3ヶ月あまりにわたるレアアース(※1)の実質的な対日禁輸措置は、ある意味「レアアース・ショック」とも言うべき事件として、製造業関係者の記憶には新しいところであろう。尖閣諸島問題は、1970年代後半、東シナ海に眠る地下資源が確認されて以降、中国や台湾がその領有権を主張し始めたものであり(※2)、一般には領土問題や軍事的な安全保障の観点から議論されることの多い問題であるが、ここでは我が国経済に大きな利益をもたらしている日中貿易の観点から改めて考えてみたい。

尖閣諸島問題から見えてきた我が国経済を支える日中貿易の危うさ

国内の資源を大方掘り尽くし、米を除けば食料の多くを海外からの輸入に頼っている我が国にとって、一般市民の生活や各種の生産活動を支える上で、資源や食料を海外から安定的に調達することは何よりも大切な問題である。もし海外からの供給が途絶えてしまうとどのようになるかは、第二次世界大戦時の我が国を想定してみると良いだろう。自らの影響力が及ぶ経済圏内で自給自足をしなければならないことになる。その意味で我が国の経済発展にとって安定した貿易関係の維持は、何よりも重要なテーマであると言える。
 2011年における我が国の輸入・輸出額を相手国別にみた場合、国単位では中国が米国を抜き去って輸入・輸出共に最大となっており、我が国経済を支える上で重要な貿易相手国となっていることがわかる(下図参照)。いまや中国は、我が国にとって各種加工原料・部品のほか、日用品や食料品、またレアアースをはじめとする各種レアメタルの供給拠点となっているだけではなく、我が国で加工された製品の重要な売り先(外貨の獲得先)にもなっている。
 その意味で、先日のレアアース禁輸措置は、領土問題への報復措置やレアメタルの供給不安といった視点からだけではなく、中国との安定した貿易関係の維持が難しくなりつつあるという視点からも注目すべき事件であった。

図表 日本における輸入・輸出額の相手国・地域別内訳(2011年)

図表 日本における輸入・輸出額の相手国・地域別内訳(2011年)

(注1)アジアNIES:韓国、台湾、香港、シンガポール、ASEAN:東南アジア諸国連合加盟10カ国、EU27:欧州連盟加盟27カ国、中東:サウジアラビア、クウェート、カタール、アラブ首長国連邦の4カ国
(注2)百分率及び輸出入金額は全て四捨五入表示。
(出典)財務省貿易統計

中国における政策路線の転換

尖閣諸島中国漁船衝突事件に端を発したレアアースの対日禁輸措置に関連し、中国政府によるレアアース関連政策動向を辿っていくと、2010年は一つの節目にあたる年であったことが見えてくる(下図参照)。120525_4.jpg小平氏による1992年の南巡講話以降、実力をつけるまでは国際社会との協調を優先しようとする「韜光養晦(とうこうようかい)」路線を、中国政府は基本的な政策路線としてきた。レアアース関連政策についても2000年代前半までは、おおむね対外的な反応にも配慮した自制的な内容であったと言えるが、2000年代後半以降は自国利益をより追求する方向へと舵を切り始めている。レアアースの対日禁輸措置については、領土問題に関する報復措置というよりも、軍事面や経済面で自信をつけてきた中国が「韜光養晦」路線を脱しようとする中での動きであったと見ることができるだろう。
 グローバリゼーションの波に乗り、資本の呼び込み、経済水準の引き上げに成功した中国であるが、一方で急速な経済発展、社会変動によって生み出された国内不安をうまく処理できずにもいる。本年秋に国家主席へと昇格することが確実視されている習近平氏は、これまでと異なり、120525_4.jpg小平氏などといったカリスマから指名された主席ではないことから、一部識者には軍部への指導力を疑問視する見方も存在しており(※3)、その場合、国内世論をはじめ、軍部などの強硬意見にも配慮した政策を採らざるを得ない可能性があると見られる。

図表 中国政府によるレアアース関連政策の動向

図表 中国政府によるレアアース関連政策の動向

(資料)清水・太田「希土類資源から見る中国の現状と今後」(日本希土類学会第29回討論会(2012年5月15日)発表資料)を一部改変

中国にとってのデメリットを積極的に情報発信することが必要

中国における経済発展の一要因がWTO加盟(2001年)等によってもたらされたグローバリゼーション(海外からの投資拡大や海外への製品輸出拡大など)にあるとすれば、WTOルールの遵守など国際的協調を放棄する一歩手前で、中国による自国利益追求の動きは踏みとどまる可能性が残されている。ある意味グローバリゼーションの申し子とも言える中国が、国際的な投融資活動や円滑な貿易関係によって得られる利益を損なってまで、自国の主張を貫徹する可能性は低いと考えられるためである。経済発展が滞り、国内の経済不安が拡大すれば、中国政府やそれを指導する中国共産党へと不満の矛先は向かうであろう。次期国家主席が確実視されている習近平氏にとっては、国内の不満解消と国際協調の維持という両立容易ではない政策の実現が求められている。
 日中貿易は日本経済を支える重要な要素であるが、これは同時に中国経済にとっても重要な要素であることを、日本は中国の次期政権に向かって発信していく必要があるだろう。領土問題などといった他のテーマで妥協せざるを得ないような事態は、これを避けることができるよう我が国も備えておく必要がある。先日のレアアース対日禁輸措置についても、長引けば中国へと輸出される日本製の素材や部品が滞り、結局は中国経済へと波及する可能性があることを一体どれだけの中国人が気づいていただろうか。また、中国がそのような対外圧力をかけることで、結果的に中国脅威論が世界各国に伝播し、欧米諸国も巻き込んだWTO提訴(協議申請)へと発展することを誰が気づいていただろうか。中国にとってデメリットとなることがあれば、これを気づかせることが日中貿易の安定化には必要であろう。

中国以外の選択肢を充実させることも日本には必要

レアアースの対日禁輸措置から見えてきた課題の一つとして、原料供給などといった面で中国に大きく依存することのリスクを挙げることができる。最終的な影響範囲は極めて広範囲にわたるという点で、レアアースは我が国経済の急所を突く資源であった。こうした供給リスクを嫌う製造業(特に部素材メーカーなど)の中には、中国漁船衝突事件が起きる前から、原料の安定確保が可能な中国へと生産プロセスの一部移転を検討したり、また事件後には実際に移転せざるを得ないケースがあったりしたと筆者は聞いている。中国政府によるレアアースの輸出抑制的な政策は、表立った供給障害が発生する以前から、日本企業の中国への移転を促す効果があったということになる。
 レアアース以外にも中国の供給シェアが高く、また輸出管理の対象とされている部素材は多数存在しており、中国への過度な依存は我が国経済を支える製造業の海外流出にもつながる可能性があることに目を向ける必要があるだろう(下図参照)。一般には為替問題や国内人件費の高さなどが、国内製造業の海外移転を促す要因になっていると見られているが、中国政府によるこのような政策も日本企業の海外移転を促している要因となっていることに注意を払う必要がある。現在、レアアースの禁輸措置などを受けて中国以外の国や地域におけるレアアース鉱山の開発・稼動再開が進んでいる。日中貿易の重要性を認識しながらも、中国の政策動向に振り回されないようにするためには、中国以外の選択肢を持つことも改めて考えてみる必要があるだろう。

図表 中国政府のレアメタル関連政策による各国企業への影響

図表 中国政府のレアメタル関連政策による各国企業への影響

(資料)清水・太田「希土類資源から見る中国の現状と今後」(日本希土類学会第29回討論会(2012年5月15日)発表資料)
(以上)

(※1)レアアースとは、希土類とも称される元素周期表第3族元素(17元素)の総称であり、ここ数十年あまり、世界におけるレアアースの供給は中国が独占している(米国地質調査所によれば、2010年の供給シェアは98%)。我が国の年間需要量は3~4万トン程度であり、鉄の国内需要量などと比べるとその需要量は1,000分の1程度に過ぎないが、レアアース元素に特有の機能からその用途は極めて多岐にわたっており、いずれも欠かせない用途が多い。
(※2)日本政府による公式見解<外部リンク>
(※3)矢板明夫「習近平-共産中国最弱の帝王」など

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