自然環境を経済的に評価する意義

2012/05/29
環境・エネルギー部 主任研究員 矢野 雅人

近年、自然環境保全活動の一環として、自然環境の価値を経済的に評価する取組が活発に行われている。例えば2010年10月に発表された「生態系と生物多様性の経済学(The Economics of Ecosystems and Biodiversity:TEEB)」は、複数の評価事例を紹介しながら、生態系からもたらされる便益を明らかにする上で経済評価は有効なツールになると述べている。
 その一方で、自然環境の価値を金銭単位に置き換えようとする考え方は、必ずしも世間一般に好意的に受け入れられているわけではない。とりわけ、自然を敬い、自然と共生してきた歴史を有する我が国では、なかなか浸透しにくい状況である。
 経済評価は果たして有効なツールとなり得るのか。この点の認識を社会全体ですり合わせていくためには、個人の主観を一旦離れ、国内外の取組や議論の動向に目を向けつつ、経済評価の意義について整理する必要がある。

自然環境の2種類の価値

経済評価の意義について論じる前に、自然環境が有する価値を整理しておく必要がある。価値は大きく2つに分類される。1つは「利用価値」、もう1つは「非利用価値」だ。利用価値とは、自然環境を直接的あるいは間接的に利用することによって得られる価値のことであり、食料や木材の供給、水源の涵養、大気の浄化などが含まれる。他方、非利用価値とは、自然環境を利用しなくてもそれを守ることによって発生する価値のことである。都会に住む人が白神山地のブナ林を自然遺産として将来世代に残したいと考える場合、あるいは現在利用されていないが将来的に医薬品として利用される可能性がある生物などがそれに該当する。
 利用価値は、その多くが金銭価格を伴う市場財として取り扱われており、利用や消費にあたっては相応の対価の支払いが求められる。市場財として取り扱われていない利用価値についても、金銭単位への置き換えが実施された事例は多く、その価値を認識することは比較的容易である。
 しかし、非利用価値については、経済社会において価値の一部、あるいは全部が無視されており、維持や管理に向けた配慮が充分になされていない。生物多様性をめぐる状況は過去数十年にわたって目立った改善はなく、むしろ悪化しているが、その背景にはこうした非利用価値に対する配慮の欠如が潜んでいるのである。

最も重要な課題は非利用価値の顕在化

非利用価値の取り扱いは極めて深刻な課題であるが、これらを顕在化し、維持・管理に向けたインセンティブを整備するためのツールとして期待されているのが経済評価である。自然環境を経済的に評価する主たる意義は、非利用価値の顕在化にあるといえる。
 こうした価値の顕在化は政策的に重要な選択を行う上での根拠にもなる。一例を挙げよう。
 昨年の原発事故以降、電力の安全・安定供給が国の最重要テーマとなり、自然エネルギーに対する期待が急速に高まっている。一方で、自然エネルギーの導入・普及には一定規模の用地を確保する必要があり、貴重な原生自然が損なわれてしまう恐れがある。電力供給か。それとも自然環境保全か。今後日本政府や国民は厳しい選択を迫られることになるだろう。その際、非利用価値を含む自然環境の価値が評価され、自然エネルギー導入に伴う便益との比較が可能になれば、選択に向けた合意形成が進みやすくなると考えられる。

知見融合という副産物

もう1つ忘れてはならない意義がある。学際的な連携の強化である。
気候変動対策にせよ生物多様性保全にせよ、地球規模の環境問題に対処するためには、自然科学や社会学、経済学など、複数領域の知見の集約及び横断的議論が欠かせないが、自然環境の経済評価はこうした学際的連携を促す絶好の機会になる。
 注目すべき事例として、昨年6月に公表された「英国国家生態系評価(UK National Ecosystem Assessment)」がある。英国は非利用価値を含む幅広い価値を対象に、様々な手法を用いて経済評価を行った。その成果は必ずしも体系的・網羅的ではなく、試行的な意味合いが強い。しかし、500名を超える関係者が知見を結集し国単位で評価を実施したことは、それ自体が大きな成果といえる。実際、英国は目的の1つに学際的連携の強化を挙げており、緻密な計算が伺える。

経済評価に向けて

以上、経済評価の意義についてその一端を述べたが、経済評価は必ずしも万能ではなく、何でも評価すればよいというわけではない。TEEBは、価値が一般に認められ適切に保全されている場合に価値評価が逆効果を生む可能性があるとしており、状況に応じた適用を提唱している。また、局所スケールの評価ならともかく、広域レベルの評価には技術的課題が残されており、過度の期待は禁物である。
 とはいえ、生物多様性条約第10回締約国会議において採択された愛知目標を契機として、欧米を中心に経済評価に関する研究が進んでいることは紛れもない事実である。また、先に述べたように経済評価は「ツール」であり、様々な用途での活用が可能である。
 自然環境の経済評価には様々な異論があるが、そうした中でも基礎的な研究を積み重ね、適用の可能性について冷静に検討するしたたかさが必要だろう。

UK National Ecosystem Assessment」(2011) (外部リンク)
The Economics of Ecosystems and Biodiversity」(2010) (外部リンク)
栗山浩一(2011)「生態系サービスの経済価値評価の応用」, 馬奈木俊介・地球環境戦略研究機関編「生物多様性の経済学-経済評価と制度分析」昭和堂, pp.35-52.

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