イラン核開発疑惑問題と中国・中東の接近

2012/06/21
環境・エネルギー部 主任研究員 織田 博嗣

イラン核開発疑惑問題を巡り、産油国、石油消費国の間で激しい駆け引きが繰り広げられている。6月14日に開催されたOPEC総会では、加盟12カ国による目標生産枠を3千万バレル/日のまま据え置くことが決定された。しかし、この決定に至る過程において、サウジとイランの間で激しい意見の対立が見られた。つまり、サウジは、欧米によるイラン産原油禁輸措置に協力するため、生産枠を拡大し、イラン産原油の代替となる自国の原油生産を増加させたいと考える一方、イランは、それを阻止するとともに、原油価格を上昇させるため、生産枠を縮小させることを望んでいた。結局、妥協した形に収まったが、イラン核開発疑惑問題に端を発するイラン産原油の禁輸措置は、その他様々な面で、今後、国際石油市場、さらには、国際政治経済全体に影響を及ぼしそうである。
 ここで注目すべきは、中国の動向である。中国は、欧米によるイラン産原油禁輸措置に協力する姿勢を明らかにしていないばかりか、一部の高官は、イランとの関係重視を表明している。それを裏付けるかのように、中国は、最近、イラン産原油の輸入量をじわりじわりと増加させている。さらに、驚くべきことは、イランは中国が輸入する一部の原油の決済において人民元を使用することを認めているということである。原油の決済をドルに限定するということが、1971年に金とドルとの交換が禁止されたすぐ後に国際石油市場における不文律となった(これはサウジと米国の間で交わされた密約が基になっていると言われている)が、現在米国が巨額の財政赤字を抱えているにもかかわらず、ドルが国際基軸通貨としての地位を保っている主要な要因の一つはこの不文律(ドルが石油のほぼ唯一の決済通貨であるということ)の存在である(これを「石油=ドル本位制」と呼ぶ)。今回人民元の使用が認められたのは、経済制裁によりドルとユーロが事実上使用できないことによると考えられるが、中国は、カザフスタン産原油等の取引においても人民元を使用しようとしており、今後、「石油=ドル本位制」に風穴を開けようと動く契機になるかもしれない。
 さて、次に、サウジの動向である。確かに、サウジは、イラン核開発疑惑問題に関しては、OPEC総会の場に限らず、欧米に全面協力の姿勢を示しているが、それは、自国の事情によるところが大きい。つまり、原油生産量を減少させ、原油価格を高騰させてしまうと、長期的に石油代替が進み、サウジにとって不利益な状況がもたらされてしまうという懸念による。さらに、中東においてイラン(シーア派)の発言力が増大してしまうと、アラブの春以降活発化する気配を見せている、サウジ東部におけるシーア派の反政府活動が拡大する恐れがあるためでもある。一方で、サウジは、かねてより、安全保障等における米国への依存度が増大することに懸念を強めており、今回のイラン問題でその傾向が強まってしまうことに危惧の念を抱く勢力が存在すると考えられる。サウジの石油の最大の輸入国はいまや米国ではなく中国であり、サウジは、最近、米国の自国に対する影響力(利権)を分散させるため中国に接近しようとする傾向を強めている。大量の米国債を保有するサウジが、ドルの暴落を招くような行動をする(原油決済の一部に人民元を使用することを認める)とは考えにくい(もっとも中国も大量の米国債を保有しているが最近資産構成を多様化しようとしている)が、将来の政権がどのような政策を打ち出すかは不透明である。6月16日の報道によると、次期サウジ王としての地位にあったナエフ皇太子が死去したとのことである。これにより、サウジ国内で王室の世代交代に向けた動きが一気に表面化すると予想される。また、別の動きとして注目されるのは、サウジアラムコ(サウジ国営石油会社)とコノコフィリップス(米国石油メジャー)との間で進められていたヤンブー工業都市における石油精製施設建設計画が、コノコフィリップスの撤退後、サウジアラムコとシノペック(中国国営石油会社)との間で続行されることとなったことである。これは、中国がサウジとの経済相互依存関係を強化しようとしていることの現れである。
 ドルやユーロの信認が低下する中、人民元の地位は上昇傾向にある。また、中国の中東石油取引市場におけるプレゼンスも様々な面で高まりつつある。故サミュエル・P・ハンティントン氏(米国の国際政治学者)は、1996年に『文明の衝突』を執筆した際、「儒教-イスラム連合」の誕生を予測している。即ち、西欧文明(キリスト教)に対抗する、中国(儒教)と中東(イスラム教)連合の台頭である。この予測が正しいのかどうかは、今後の動向しだいと言える。米国は、シェールガス革命による中東石油依存度の低下という環境変化、及び財政赤字縮小への対応のため、中東への関与を減少させていくと予想されているが、自国経済の生命線とも言える「石油=ドル本位制」に挑戦する勢力に対しては決して容赦しない(イラク戦争開始の本当の原因は、サダム・フセインが原油決済をドルからユーロに転換すると表明したことと言われている)。それに対し中国は今後どのように米国や中東と向き合っていくことになるのか、現段階では不透明である。
 しかしながら、サウジや中国と同様、米国債を大量に保有し、また、米国や中国と同様、中東石油に死活的利益を有する日本にとって、故サミュエル・P・ハンティントン氏が提示した可能性は決して過小評価してはならないリスクであることは確かであろう。

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