東北マルチビザは2匹目のドジョウを手にできるか

2012/06/26
公共経営・地域政策部 主任研究員 妹尾 康志

以前より報道されてはいたが、外務省「東北三県を訪問する中国人個人観光客に対する数次ビザについて」(平成24年6月12日)によれば、岩手県、宮城県、福島県を訪問する中国人個人観光客(十分な経済力を有する者とその家族)に対する数次査証(以下「東北マルチビザ」)の運用が7月1日から開始される。ちょうど1年前の平成23(2011)年7月1日から、沖縄県を対象地域とした、滞在期間上限90日/回、有効期間3年間等、全く同様の数次査証(以下「沖縄マルチビザ」)が運用(注1)されており、今回の導入は、沖縄マルチビザの効果をみてのものであることは想像に難くない。
 本稿では、導入後1年間が経過しようとしている沖縄マルチビザの効果を整理した上で、東北マルチビザでも同様の効果が見込まれるかについて考えたい。

中国人観光客が全体に激減のなか、それでも増加した個人観光客

中国人の海外旅行にかかる概況は、サーチ・ナウ「日本らしいホスピタリティで中国人観光客の増大へ」(平成22年7月5日)で記述しているため、そちらも参照いただきたいが、当時予想した通り、訪日中国人数は急増して、平成22(2010)年には過去最高の141万人台に達した。平成21(2009)年に新型インフルエンザや金融不況の影響があったこともふまえると、今後も訪日中国人数は順調に伸びていくと考えていたが、その後の東日本大震災、そしてそれに伴う福島第一原子力発電所事故の発生による影響で、平成23(2011)年は104万人台に急減したところである。
 しかし、平成22(2010)年および平成23(2011)年の査証発給数をみると、団体観光査証発給数が653,441件から297,140件と半数以下に減少した一方で、個人観光査証発給数(沖縄マルチビザ含む)は51,748件から85,071件へと順調に増加している。このような厳しい環境下でも、個人観光客に限れば、訪日中国人は増加したものと考えられる。

図表 訪日中国人数の推移

資料)日本政府観光局(JNTO)資料より作成

表 中国人観光客に対する査証発給数

資料)外務省「東北三県を訪問する中国人個人観光客に対する数次ビザについて」(平成24年6月12日)より作成

訪日意欲の強い個人旅行者に人気の沖縄マルチビザ

経済面で一定の要件を満たすことが求められる個人観光査証は、団体観光査証よりも取得条件が厳しいが、添乗員が不要であるなど自由度が高いことから、いわゆる富裕層での人気は高い。平成23(2011)年における個人観光査証発給数の増加は、中国でも個人旅行化が進展しつつあることに加え、個人観光査証を取得できるような層における訪日意欲は引き続き非常に強いことを表していると考えられる。
 沖縄マルチビザは、最初の訪日機会で沖縄県内に1泊以上すれば、以後3年間は何度でも訪日できることから、こういった層の人々に人気があるとされる。昨年は発行初年であるにも関わらず7月以降の半年だけで8,964件の発給実績があり、1年間の個人観光査証発給数85,071件に対して10.5%を占めた。団体観光客の多くがいわゆるゴールデンルートを移動しながら旅するのに対し、個人観光客のほとんどが東京や大阪等の大都市で滞在型の旅を楽しむ傾向があるとされるなか、昨年の個人観光客のうち1割が沖縄県を訪問先に選定したという事実は、沖縄マルチビザの人気が非常に高いことを物語っている。
 中国の旅行会社数社で沖縄マルチビザの評価を聞き取ったところ、当然ながら非常に好評価であり、実際に沖縄旅行の取扱件数は増加しているとのことだった。3年間の数次査証であることから、今後の日本への短期出張等に備えて取得する向きもあったようだが、観光目的の需要も創出したのではないかとのことである。本年度の訪日旅行商品で沖縄を提案するという回答もあり、沖縄マルチビザの対象者以外に対しても、今後の沖縄旅行を意識させるきっかけとなったのではないだろうか。
 したがって、沖縄マルチビザの導入は、訪日旅客の増加や沖縄県を中心とした経済効果の発現等には一定の効果があったのではないかと考えている。

地域の企画提案力が求められる東北マルチビザ

一方で、今回の東北マルチビザが、沖縄マルチビザと同様の効果を生み出すためには、いくつかの課題があると考えられる。
 まず、沖縄マルチビザが1年間先行したことで、特に訪日意欲が強い層は、既にあと2年間有効の数次査証を保持してしまっている。したがって、それに続く層や、初年度は様子見していた層等の掘り起こしが必要とされる。
 また、沖縄マルチビザと取得条件に差がなければ、両者が比較されることは避けられない。真の目的が3年間の数次査証を得ることにある場合、距離的に近い沖縄県が選択される可能性が高いこともあって、積極的に東北を選んでもらうための仕掛けづくりが必要とされる。
 加えて、沖縄旅行に対する知識が現地旅行会社に浸透し、今年度の旅行提案に組み込まれている点も、東北にとっては不利といえるだろう。必ずしも中国人観光客に魅力的な観光地とは認識されていないであろう東北において、どのような魅力を提案し、認知度を高めていけるか、検討していかなくてはならない。
 最後に留意すべき点として、東北3県は、国内主要都市から地理的に離れている沖縄県と異なり、新幹線で東京と直結し、北海道とも近いなど、中国人に人気の観光地への移動が容易なことがある。実際のゲートウェイとしても仙台空港等の域内空港よりも成田空港、羽田空港が利用される場合が多くなるだろう。東北3県での宿泊が最低1泊義務づけられているとはいえ、中国人観光客は宿泊には比較的費用をかけない傾向があることもあって、そのままでは、経済効果の多くが、他地域に流出する可能性がある。どのようにして流出を留めるか、創意工夫が必要とされる。
 したがって、東北マルチビザは、制度さえ導入すれば成功するというものではなく、地域の観光マーケティングにかかる努力と合わさって、はじめて大きな成果につながるものと考えられる。東北地方には、国内で評価の高い多数の温泉のほか、魯迅ゆかりの地である東北大学等、中国人も魅力と感じる観光資源が多数存在している。地域でそれらを掘り起こし、活用し、魅力を伝えていくための企画提案力を発揮して、東北マルチビザの効力を最大限に活かすことが期待される。

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