誘致企業の撤退を防ぐために― 新たな企業誘致ビジョンの視点 ―

2012/08/24
研究開発部(名古屋) 部長 永柳 宏

 リーマンショック以降、全国的に工場立地が低迷している一方で、デジタル家電メーカー等の経営合理化によって工場閉鎖に至る事態が拡大している。報道された代表的な工場閉鎖の事例(予定を含む)をみれば、西日本では、パイオニア鹿児島工場(鹿児島県出水市)、パナソニックプラズマディスプレイ尼崎工場(兵庫県尼崎市)など、中日本ではシャープ亀山工場(三重県亀山市)、ソニー一宮工場(愛知県一宮市)、三洋電機岐阜事業所(岐阜県安八町)など、東日本では東芝日野工場(東京都日野市)、日立、NECの工場を引き継いだルネサスの工場閉鎖などがあげられる。ルネサスの再編対象拠点は、北海道から九州にかけて9道県にも及び、今後、取引先にも大きな影響があるものと予想されている。
 工場は、その性格から、「母工場(本社工場)」と「分工場」に区分されることが多いが、撤退が決定される多くは、「分工場」に分類される。母工場は、本社機能や研究開発機能を備え、技術面や開発面から海外生産も支える役割を担っているが、分工場は、特定製品の生産に特化し、事業所単体での意思決定力が弱いことが指摘されている。また地元企業との取引面のつながりも弱く、雇用される従業員も、期間工や外国人労働力に依存している場合が多い。このため、本社サイドで経営再編が進むと、技術継承、開発面での優位性をPRできず、全国工場の比較のなかで生産性が低い工場は、再編対象となる場合が多い。たとえ歴史のある工場だったとしても、設備の老朽化が進んでいる工場は、再編対象としてリストアップされる。
 これら撤退工場のなかには、多額の補助金を前提に誘致が進められた工場もあり、進出後に早期の撤退が決まったケースでは、自治体が撤退企業に対して補助金返還を求めるといった事態に発展している事例がみられる。補助金を前提に企業誘致を進めるといった従来型の誘致戦略の方向転換が求められている。国内市場の縮小が懸念されるなかで、誘致企業の撤退を食い止める戦略のあり方について考えてみたい。
 まず、自治体にとって、企業誘致を”ゴール”ではなく、”スタート”として考える発想の転換が必要である。そのため、誘致企業のフォローを全庁的に行うことが求められる。企業へのフォローは、財務課職員の仕事だけではなく、操業環境の改善や再投資を促すアプローチが重要である。例えば、既存敷地の拡張には、都市計画規制が問題となる場合があるが、産業担当と建設部担当が一体となって、企業の再投資を支援することが肝要である。また女性が働きやすい環境づくりについては、福祉担当部局の役割も期待される。立地企業のニーズ・悩みは多様であり、これらを総合的に捉えた顧客データベースを作成し、常に迅速に対応できる自治体内の体制を整えておくことが求められよう。データベース作成にあたっては、立地している事業所の生産品目や企業・グループ内での位置付けについて捕捉を行い、経済環境の変化にあわせて支援姿勢を柔軟に変えていくことも必要である。
 また地域が一体となって、技術開発面、人材育成面でのサポート体制を強化していく必要がある。地域の大学や公設試験研究機関との連携、新規雇用者の研修支援の機会充実等に向け、立地自治体(基礎自治体)がコーディネート役となり、国、県、商工会議所、大学との関係づくり、地元企業との取引拡大を図っていくことが求められる。立地企業が、技術・人材面で、地域と深いパイプが形成されれば、再投資や雇用拡大が進むことが期待できる。
 従来の企業誘致戦略は、ターゲットを定め、企業誘致までの期間を対象とした施策が列挙されたものであったが、今後の企業誘致戦略は、既存立地企業を含めて、操業後の立地企業と地域の関係づくりを進めるアクションを盛り込むことが重要になっている。そして、そのビジョンが目指す成果は、誘致件数だけでなく、誘致した企業の売上や利益率のアップとしたいものである。
 企業を取り巻く厳しい経済環境を前提とすれば、今後とも「撤退」という経営判断は、当然起こりうるものと考え、再編対象にならない手立てを事前に打っておくことが益々重要になっている。また、地域の開発力、人材力を、立地企業の生産能力とともに高めておけば、企業の撤退防止につながるだけでなく、仮に不運にもその企業が撤退したとしても、圏域内にて人材の再雇用が可能となり、近隣企業間の人材流動化によって、地域の雇用が守られるといった効果も期待できる。

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