所得分配を考える(4) 『頭の片隅で覚えておきたいこと』

2014/03/10
政策研究事業本部 東京本部 副本部長・主任研究員 相川 宗徳

これまで3回にわたって所得格差を簡潔に論じてきた。第一回では日本だけではなく、世界中で所得格差が生じていることを説明した。第二回では日本の所得格差は高齢化に伴うものであり、OECDの多くの国々では賃金格差が原因となっていると論じた。第三回では、日本の高齢化世帯、特に単身及び夫婦のみ高齢者世帯の増加は、社会的・経済的要因で生じていること示している。海外では、経済のグローバル化や労働市場の規制緩和等が所得格差拡大の主な原因とされていることを紹介した。ところで、所得格差を考える際に、読者の方々に頭の片隅で覚えておいていただきたいことがある。今回は以下の五つの点にいて言及したい。

1.どのようなデータを使うのか

これまで所得格差を論じるために「所得分配を考える(1)」及び同(2)では『所得再分配調査』のデータを基に論じてきた。しかし、所得のジニ係数が示されているのはこの統計だけではない。図表1では『全国消費実態調査』(以下『全消』と略す)のデータも加えて世帯主年齢別のジニ係数を示している。前者を用いた係数(「当初所得」「再分配所得」)に比べて後者を用いた係数(「二人以上の世帯」「勤労者世帯」)は小さくなっている。このジニ係数の差はデータの特性から生じている。『所得再分配調査』の所得の定義は既に説明した(※1)。『全消』では、収入は勤務先の収入、事業・内職収入、本業以外の勤務先・事業・内職収入、財産収入、社会保険給付、仕送り金、受贈金、退職金等の特別収入を含んでいる。したがって『所得再分配調査』の再分配所得の定義に近い。ところで、『全消』には単身世帯が含まれていない。高齢者単身世帯はジニ係数が高いことがわかっている。したがって、高齢者単身世帯を標本に含まない『全消』を用いたジニ係数は小さくなっている。このように統計によって所得分配の分布が異なっている。

さて、これまで所得分布を世帯単位で論じてきた。しかし、家計の規模は世帯の人数に比例して増加しない。一人世帯と二人世帯で家計を比較すると、後者は前者に比べて食費は2倍になるかもしれない。しかし、家賃や耐久消費財は2倍とはならない。光熱費等についても節約をすることができる。世帯構成員が大人か子どもかでも消費構造が異なるだろう。そこで、世帯員一人当たりの所得を比較するため等価所得(※2)を用いることもある。果たしてどのデータを用いるのが実態を反映したことになるのだろうか。

図表1 世帯主年齢別ジニ係数の比較
図表1 世帯主年齢別ジニ係数の比較

注:『全国消費実態調査』の世帯主年齢29歳以下は、「25~29歳」の値である。
資料:厚生労働省『平性23年所得再分配調査報告』、総務省『平性21年全国消費実態調査』

2.どのような指標で測るのか

経済的成果の分配の問題を考えるときにどのような指標で測るのか。所得の不平等の指標をいくつか掲げるならば、範囲、相対的平均偏差、分散、変動係数、対数標準偏差、ジニ係数、また、貧困指標としては、貧困率、所得ギャップ率、貧困ギャップ率、ワッツ指標、FGT指標、セン指標(※3)が知られている。

範囲という指標について説明しよう。OECDが2009年に公表した日本の相対的貧困率が16.0%と高いことが話題になった。相対的貧困率とは等価可処分所得の中央値の半分に満たない世帯員の割合である。つまり、ある一定の範囲を区切りその割合を測ることで所得分配の指標としたものである。また、「所得分配を考える(2)」で用いたOECDのデータも、各国の労働者について賃金が上位10%の者と下位10%の者の賃金比率を用いたという意味で範囲の指標に含まれるだろう。範囲という計測方法の問題点はデータの一部しか利用しないため、利用しない部分で格差が変化した場合にその変化を反映できない点にある。

相対的平均偏差は、平均所得と個々人の所得の差の絶対値の合計が総所得に占める割合を計算している。この指標は全てのデータを利用している点で範囲の指標に比べて優れている。この指標の問題点は、平均所得以下(あるいは以上)の人々の総所得が一定だとした場合、その範囲で格差が変化しても指標の値が変わらないということである。

分散はよく用いられる統計的指標であるが、平均所得と個々人の差を二乗し合計するので、平均所得と差が大きくなればなるほどその差が強くなる傾向がある。したがって、相対的平均偏差に比べて優れているが、この指標は平均所得がどの水準になるかに大きく依存している。この点を是正しているのが変動係数である。

世帯を所得の低い順にならべて世帯の累積比を横軸に、世帯の所得額の累積比を縦軸にして描いた曲線をローレンツ曲線という。ジニ係数とは以下の図表で示すように、均等分布線とローレンツ曲線にはさまれた灰色部分の面積である。ジニ係数は、0から1までの値をとるが、0に近い値ほど所得格差が小さく、1に近いほど所得格差が大きいことを意味している。

図表2 ローレンツ曲線とジニ係数
図表2 ローレンツ曲線とジニ係数

以上で説明したように所得の不平等は複数の指標で計測できる。ジニ係数が最もよく使われる指標であるが、それぞれの指標には特徴があり留意しながら用いる必要がある。どの指標を使うかは、データの制約や計測する目的等を考慮しなければならない。

3.何についての格差を測るのか

本稿では所得格差を論じるときに所得の分布を用いてきた。当然のように思えるかもしれないがことはそう簡単ではない。所得格差の計測の問題は、本質的には人々の豊かさや満足をどう測るのかという問題に関連している。豊かさは消費で測るのがよいかもしれない。例えば、一時的な要因で所得が減ったとしても、人は日常的な消費行動を変えないかもしれない。逆にボーナスが一時的に増加してもその増加部分まるまる消費額を増やさないだろう。人は定期的な収入を基にして消費行動を決定するという考え方を恒常所得仮説という。

非正規雇用者の増加が話題となっている。所得がそれほど変わらなくても非正規と正規雇用者では消費行動が異なると考えられる。非正規雇用者は将来の所得が不安定なので所得の全部を消費せずに貯蓄するかもしれない。正規雇用者は雇用が保障され定期昇給で将来における所得の増加が見込まれる。生涯所得を考えれば後者は前者に比べて消費額が大きくなると予想される。生涯所得を考慮して人は消費行動を決定するという考えをライフサイクル仮説という。これらの仮説が正しいとすると、所得ではなく消費を観測する方が人の豊かさ、満足度の指標となり得る。

人の満足や豊かさを測るのであれば記述統計も利用可能である。総務省『社会生活基本調査』では、ワーク・ライフ・バランス、男女共同参画社会、少子高齢化対策等について調査しているし、内閣府『国民生活選好度調査』は、幸福感、暮らし向きについての見通し、社会や政治への関心について調査している。総務省『就業構造基本調査』は就業状況について調査を行っている。これらの調査も所得や消費に関するデータとともに利用することが必要である。

4.経済学は分配の問題をどう考えるのか

本稿の関心事である所得分配について、経済学は何を教えてくれるだろうか。経済学は大きく分けてミクロ経済学とマクロ経済学からなる。ミクロ経済学とは、社会でどのような資源配分が行われているか、いかなる資源配分が社会的に望ましいかを対象とする経済学である。ミクロ経済学の一分野である厚生経済学は、確かに社会全体の厚生(個人の効用の集計値)と所得分配の問題を取り扱う。しかしながら、厚生経済学は過去に様々な批判を受け、効用から基数性を排除し序数性のみに依拠することになってしまった。基数というのは量的に計測可能という性質で、序数とは順序付けが可能という性質である。つまり、厚生経済学は序数性を基礎とするため効用もしくは厚生を量的に計測できなくなり、分配の問題を取り扱うことができなくなっている。一方、GDP、物価、失業率、国際収支、経済成長率等々といった経済主体の行動に関する変数を集約・分析するのがマクロ経済学である。ここでは一国の経済成長が問題となっても、所得分配がどのようになされたかは問われていない。つまり、マクロ経済学でも分配の問題を対象としていない(※4)。したがって、経済学は所得の分配基準を持たないと言える。

所得の公正な分配とは何かということを検討するためには、経済学の外部から何らかの価値基準を持ち込むしかないことになる。これは客観的な科学として成立すべき経済学に何らかの価値観を持ち込むことを意味する。そうなると経済学は実証主義的な科学として批判に耐えられるのかという問題を抱え込んでしまう。

5.分配における公正をどう考えるのか

現代正義論の旗手ジョン・ロールズ(※5)は、その著書で「正義の二原理」を提唱している。正義の第一原理とは「各人は、平等な基本的自由の最も広範な全システムに対する対等な権利を保持すべきである」、そして同第二原理とは以下の二つの条件を充たすことである。即ち、経済的・社会的不平等が「公正な機会均等の諸条件のもとで、全員に開かれている職務と地位に付帯するように」(均等原理)、「正義にかなった貯蓄原理と首尾一貫しつつ、最も不遇な人びとの最大の便益に資するように」(格差原理)である。そして、この並び順に優先順位があるとされている。この二原理を通して、社会の基本構造が、基本財(権利、自由、機会、所得、富、自尊の念)を分配することになる。正義の二原理に人々が到達するには、「無知のベール」と呼ばれる哲学的装置が導入される。そこでは人々は自分の境遇や社会的身分、資産や能力、知性、体力などの属性を知らない。この状態は「原初状態」と呼ばれ、その中で人々は正義の二原理に合意する。

さて、現実を振り返るならば日本だけでなく世界中で所得格差が拡大している(※6)。所得分配における公正の問題をあらためて取り上げることは非常に重要な意義を持っていると考える。ロールズは原初状態で正義の二原理以外の社会的契約に合意する可能性を認めている。所得分配を検討する際には、ロールズの正義の二原理も含めて議論の俎上にのせ、どのような分配原理を公正とするのか私達自身が問われることになる。

参考文献
Ostry, Jonathan D., Andrew Berg, and Charalambos G. Tsangarides, (2014) “Redistribution, Inequality, and Growth”, IMF Staff Discussion Note
Rawls, John (1971) “A Theory of Justice”, Harvard University Press, revised ed., 1999(川本隆史・福間聡・神島裕子訳『正義論』紀伊國屋書店、2010年)
Sen, Amartya (1973) “On Economic Inequality”, New York, Norton. 1997 expanded edition (鈴村興太郎、須賀晃一訳『不平等の経済学』東洋経済新報社、2000年)
Sen, Amartya (1985) “Commodities and Capabilities”, Elsevier, Oxford, (鈴村 興太郎『福祉の経済学―財と潜在能力』岩波書店、1998年)
Sen, Amartya (1992) “Inequality Reexamined”, Oxford University Press Oxford (『不平等の再検討:潜在能力と自由』岩波書店、1999年)
奥野正寛、鈴村興太郎(1985)『ミクロ経済学I、II』岩名書店
大竹文雄(2005)『日本の不平等-格差社会の幻想と未来』日本経済新聞社
大竹文雄、小原美紀(2010)「所得格差」内閣府経済社会総合研究所 企画・監修、樋口美雄編集、『労働市場と所得分配』慶應義塾大学出版会
橘木俊詔、浦川邦夫(2006)『日本の貧困研究』東京大学出版会
内閣府『国民生活選好度調査』
厚生労働省『所得再分配調査報告』
総務省『全国消費実態調査』
総務省『社会生活基本調査』
総務省『就業構造基本調査』

(※1)所得分配を考える(1)を参照のこと。
(※2)家計の所得額を世帯人数の平方根で除した値を用いることが多い。
(※3)Sen (1973)及び橘木 (2006)を参照のこと。
(※4)執筆途中に公表された最新のIMFレポートOstry(2014)によれば、経済成長のために所得格差の縮小が必要であるとしている。つまり、経済成長ために所得再分配という公正の問題に取り組むことが必要だと主張している。
(※5)Rawls(1971)
(※6)「所得分配を考える(1)」を参照のこと。
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