対談:東京オリンピックの持続可能性を考える(1)

2014/08/04
環境・エネルギー部 副主任研究員 奥野 麻衣子

■はじめに

このシリーズでは、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催に向けて、持続可能性(サステナビリティ)課題に取り組む方々にお話を伺います。第1回目は、ロンドンオリンピック・パラリンピック大会組織委員会(以下LOCOG)でサステナビリティプロジェクトの責任者を務めたAmanda Kiely(アマンダ・カイリー)氏です。

■LONDON2012を振り返って~史上最高にサステナブルな大会への挑戦

奥    野: 2012年のロンドン大会は、持続可能性に本格的に取り組んだ最初のオリンピック・パラリンピック競技大会と言われます。その大会組織委員会(LOCOG)で、サステナビリティプロジェクトのマネジャーをされていたそうですね。
カイリー 氏: 2007年8月から2012年の10月まで、5年3ヶ月にわたって携わりました。その前は環境コンサルティング会社に勤めており、今はBSI(英国規格協会)でサステナビリティ関連規格の開発から発行までを担当しています。
奥    野: LOCOGでは主にどのような役割を担われたのですか。
カイリー 氏: オリンピック、パラリンピック両方について、大会運営におけるサステナビリティプロジェクトの全般を見ていました。私の役割は進行に応じて変化していったのですが、最終的にはLOCOGの各機能部門にサステナビリティの取り組みを統合すること、これにつきると思います。具体的には、開会式や聖火リレー、表彰式といったセレモニーや、「カルチュラル・オリンピアード(注1)」という全国的文化プログラムなどにおける取り組みで、他にもセキュリティや、スポーツ競技の環境・社会面配慮も目配りしました。
奥    野: ロンドン大会で最も困難だったことは何でしたか。
カイリー 氏: やはり、統合(integration)ですね。組織委員会全体に「サステナビリティ」を浸透させ、全ての仕事においてきちんと考慮されるように維持してゆくことが、一番大変でした。LOCOGの組織規模がどんどん大きくなっていったことも一因です。当初はスタッフ20人程度でしたが、2012年の開催の頃にはボランティアや請負者を含めて約20万人の関係者がいました。そのため、イベントの持続可能性マネジメントシステム規格を活用しました。これは、スポーツ大会などの大規模イベント開催による「環境」「社会」「経済」への影響をバランスよく考慮し、持続可能なイベントマネジメントに取り組むための規格で、ロンドン大会を機に英国国内規格BS 8901として開発され、後に国際規格ISO 20121となったものです。こうしたマネジメントシステムを軸として、大規模な組織間の横串をさすことができました。特に、調達プロセスの管理が重要です。また、スポンサーやライセンシー、ボランティア向けのトレーニングプログラム、あるいはブリーフィングなどを実施し、協働することでスケールの拡大を乗り越えました。
奥    野: ステークホルダーとの協働で困難を乗り越えたというエピソードはありますか。
カイリー 氏: メダルの取り組みは良い例だと思います。紛争鉱物(注2)が問題になっていましたので、LOCOGの発案で鉱業大手のリオ・ティント(Rio Tinto)と協力し、鉱物の採掘元からサステナビリティに配慮したメダルを作りました。具体的には、リオ・ティントのトラッキングシステムツールによってサプライチェーン管理された金属を使って、英国国内メーカーがメダルを製造しました。また、協力という意味で象徴的な成果は、サステナビリティの取り組みを大会に組み込んだことそのものだと思います。BS 8901は、LOCOGからBSIにアプローチして開発してもらった規格で、2007年に発行されました。後にISO 20121という国際規格にもなり、2012年ロンドン大会の主要レガシー(注3)の1つになりました。私たちはロンドンを、過去に例のない最高にサステナブルな大会にしたかったのです

■最大の成果は大会の持続可能性のフレームワークを形にしたこと

奥    野: その意味では、持続可能なロンドン大会が達成した具体的な環境や社会問題への取り組み成果はたくさんあると思いますが、最大と思われる成果は何でしょうか。
カイリー 氏: 一番の成果は、ISO 20121(当時BS 8901)の開発と、そのプロセスの中で仕事ができたことです。また大会の持続可能性レポーティングガイドラインGRI EOSS(注4)の開発に携わったことも良い経験になりました。大会の持続可能性への具体的な取り組み内容については、約70もの資料を「ラーニング・レガシー(Learning Legacy)(注5)」というウェブサイトに掲載しており、今後の大会開催都市にとって参考になると思います。例えば、大会開催によって発生する大量の廃棄物を削減するためのプログラムを通じて、埋め立て量をゼロにしました。大会中に提供される大量の飲食の調達やケータリングをサステナブルなものにするためのフードビジョンを策定し、フェアトレード・バナナなど、1,550万食をこの方針に沿って提供しました。大会関連施設の建設や資材調達におけるインクルーシブネス(inclusiveness)(注6)も重要で、設計段階からパラリンピック大会への移行を念頭におくことによって、変更を最小限に留め、建設廃棄物も削減できました。オリンピック・パラリンピック移行措置といえば、ロンドン市内にオリンピック大会のバナー(旗・垂れ幕)をたくさん掲げたのですが、IOCと合意を結び、両大会の期間を通じて3分の2をオリンピック・ロゴに、残り3分の1はパラリンピック・ロゴにしました。社会経済面での配慮ということでは、大会スタッフの39%はジョブレス(失業者)だったのですが、大会を機に仕事を得ることができました。また33.5%のスタッフは、大会開催地区の地元で採用しています。サプライヤーに関しても、その70%が地元の中小企業であり、彼らからの購買額は全体の26%を占めました。
奥    野: 特に、英国の次世代に残せたと思えるサステナブルなレガシーはありますか。
カイリー 氏: 戦略的なレベルでいえば、ISO 20121, GRI EOSS, ラーニング・レガシーの3つだと思いますが、実務的なことに関しては、答えを出すのは時期尚早でしょう。ただ、文化的な変化は感じています。ボランティアへの興味や、スポーツ人気が高まりました。昨今のサイクリング人気は、競技会場まで自転車での往復を促す「サイクル・モア・プログラム」の積極的な推進によるものだと思います。私自身、自転車に乗る習慣がつきました。また、パラリンピック大会を主催したことで、人々の障がい者への見方や態度に大きな変化が生まれたと思います。

 

 

■TOKYO2020への期待~サステナビリティのバトンを受け継ぐ

奥    野: 2020年東京大会への期待や、メッセージをいただけますか。
カイリー 氏: 一番のメッセージは「とにかく早く始めること」です。早期にサステナビリティチームを立ち上げ、サステナビリティマネジメントのシステムを取り入れて、組織委員会全体に統合することです。組織規模が大きくなってしまってからでは大変なことになりますので、早い段階で組織横断的にサステナビリティへ取り組む「体質」を作り上げてほしいです。その際には、トレーニングが非常に重要な要素になってきます。運営には1人1人のサステナビリティに関する役割や理解が求められるからです。ロンドンからの「サステナビリティのバトン」を東京に受け取ってもらい、2020年時点で最もサステナブルな競技大会を是非実現してほしいと思います。

(インタビュー日:2014年6月5日)

Amanda Kiely(アマンダ・カイリー)氏
BSIグループ サステナビリティ規格パブリッシングマネージャーイベントの持続可能性マネジメント基準であるISO 20121を用いたLondon 2012聖火リレーとセレモニーをLOCOG(ロンドンオリンピック・パラリンピック組織委員会)にて担当。特定のビジネス領域(宿泊施設、式典、通信、多様性と包括、教育研修、ライセンシング、マーケティング、マーチャンダイジング、調達、契約管理、セキュリティ、スポーツ、聖火リレーなど)に対する技術的支援と利害関係者の関与を促進するサステナビリティプロジェクトを責任者として指揮する。また、LOCOGがサステナビリティに関する取り組みを容易に実行できるよう基準を作成し、マネジメントのフレームワークの構築を行う(トレーニング手順、ステークホルダー?エンゲージメントの取り組みなど)。現在は、国際的に適用可能なサステナビリティと環境に関する国際標準規格の開発(コンセプト設計から出版まで)をサステナビリティスタンダードマネージャーとして英国BSI Groupにおいて担当している。

 

(注1)「カルチュラル・オリンピアード」とは、オリンピック・パラリンピック開催国において、大会開催の4年前等から行われる文化プログラムの1つ。1912年ストックホルム大会から1948年ロンドン大会まで続けられた「芸術競技」を前身としており、文化・芸術に関わるパフォーマンスや展示、舞台公演、伝統的スポーツなどが行われる。なお、オリンピック憲章では複数の文化プログラムの計画が規定されており、大会組織委員会は必ず実施しなければならない。
(注2)「紛争鉱物」とは、紛争地域で産出される鉱物の購入が現地の武装集団の資金源となり、結果として当該地域の紛争に加担する恐れのある鉱物の総称。対応規制に、コンゴ民主共和国及びその周辺国から産出する鉱物の使用についてSEC(米証券取引委員会)へ報告することを義務づけた米国の金融規制改革法第1502条(2010年7月成立)や、加えて強制労働などの人権侵害も禁じるOECDの「紛争地域および高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」(2011年)などがある。
(注3)「レガシー」とは、オリンピック競技大会の開催によって開催都市や開催国、ひいては世界にもたらされることが期待される良い遺産のことで、インフラや施設、スポーツ文化・教育など、ハード・ソフトの両面において大会開催後も継続するさまざまな恩恵がある。
(注4)「GRI EOSS」とは、オランダに本部を置く国際的NGO「グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)」が作成する、組織のサステナビリティ報告の枠組みに関する包括的な指針「GRIガイドライン」のうち、イベントセクター向けの補足用指針(Event Organizers Sector Supplement, EOSS)のこと。マルチステークホルダー方式で作成される「GRIガイドライン」は2000年に第1版が発行されて以来、世界で最も広く活用されている指針といえる。「GRI EOSS」の初版発行は2012年で、現在の最新版はG4である。
(注5)ロンドン2012「ラーニング・レガシー」のURLは次の通り;http://learninglegacy.independent.gov.uk/
(注6)「インクルーシブネス」(社会的包括性)とは、社会格差による社会的弱者を包含し全ての人が恩恵を受けるようにすることや、そのような環境を創出するための取り組み。2012年ロンドン大会実行委員会(ODA)の「インクルーシブ・デザイン戦略」では、「誰もが安全に、容易に、かつ尊厳を失わずに使用できること」と定義し、オリンピックパークの設計や建設における障がい者や全ての文化・信仰・年齢への対応に焦点をおいた。

 

【参考資料】
真田久(2014)「カルチュラル・オリンピアード」,平成25年度スポーツ振興くじ助成金事業 冬季オリンピック大会におけるオリンピック教育の実践に関する調査,一般財団法人嘉納治五郎記念国際スポーツ研究・交流センター(http://100yearlegacy.org/Olympic_Movement/education/
日本オリンピック委員会(JOC)「オリンピック憲章 2011年版・日本語」(2011年7月8日から有効)(http://www.joc.or.jp/olympism/ch arter/
経済産業省「金融規制改革法第1502条」仮訳(http://www.meti.go.jp/policy/external_economy/trade/funsou/pdf/funsou_03.pdf
経済産業省「OECD紛争地域及び高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのデュ-・ディリジェンス・ガイダンス(すず、タンタル及びタングステンに関する補足書を含む)」仮訳(http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/oecd/data/supply_chain.pdf
ODA(2008)Inclusive Design Strategy
GRI ウェブサイト:
 「What is GRI?」(https://www.globalreporting.org/information/about-gri/what-is-GRI/Pages/default.aspx),
 「Sector Guidance」(https://www.globalreporting.org/reporting/sector-guidance/Pages/default.aspx

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