FOOD×TECH vol.1:テクノロジーがもたらす「食」の多様化

2015/07/21
公共経営・地域政策部 地域未来政策グループ 副主任研究員 中田 雄介
(FOOD×TECHプロジェクト)

本稿は、新たなテクノロジーの台頭により、社会の慣習がどのように変化していくのか、「食(つくること/たべること)」を事例に考える社内自主研究(注1)「FOOD×TECH」プロジェクトの内容を紹介するものである。(Vol.1)

1.「食」と「デジタルテクノロジー」によるイノベーション

○6次産業化:1次産業を超える連携の動き

わが国では、「農林水産物価格の低迷等による所得の減少、高齢化や過疎化の進展等により、農産漁村の活力は著しく低下している(注2」との問題意識に基づき、平成23年3月に「六次産業化・地産地消法(地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等及び地域の農林水産物の利用促進に関する法律)」が施行されている。

同法は、「地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等に関する施策及び地域の農林水産物の利用の促進に関する施策を総合的に推進することにより、農林漁業等の振興等を図るとともに、食料自給率の向上等に寄与することを目的 (注3」とするものである。また、「一次産業としての農林漁業と、二次産業としての製造業、三次産業としての小売業等の事業との総合的かつ一体的な推進(注4)」を図る取り組みであるという点から、わが国ではこうした一次産業を超える連携の動きを『6次産業』と呼んでいる。

○IoF:Internet of Food

一方、海外ではデジタルテクノロジーを機軸に、「食」に関するイノベーションを創出していくため、スタートアップを支援する「Feeding the Accelerator」プログラムが立ち上がっている。

同プログラムは2015年3月に支援対象の公募がはじまり、3月にイタリアで開かれた国際会議「Seeds&Chips」では、IoE(Internet of Everything)やIoT(Internet of Things)になぞらえ、インターネット技術をはじめとしたデジタルテクノロジーが「食」にイノベーションをもたらすという新たなコンセプト「IoF(Internet of Food)」とともに広く紹介された。また、続く5月に開催されたミラノ国際博覧会のUSA Pavilionでは、テクノロジーを通じて2050年までに「食」に関する大きな変革をもたらすFeeding the Acceleratorプログラムの支援対象として10社が選定されている (注5)

図表1:Feeding the Acceleratorプログラムで選定された10社

社 名 サービス概要
PNAT
(イタリア)
水上に浮かべることができる温室栽培モジュールを活用した、新たな農業を提案。また、太陽光エネルギーを通じて、周囲の塩水や汚染水を蒸発させることで、モジュール内に栽培に必要な真水を供給する。(バイオメティックスの装置を用いた、自然と人工的な環境の新たな関係性を提案)
MICROVITA
(イタリア)
食品加工工場から出る廃棄物(副産物)を家ハエに食べさせる。その後、ハエが産んだ卵が孵化し、その幼虫を乾燥・粉砕することで動物用の餌(プロテイン・ミール)として生産供給する。(産業の規模として、1200万のハエとともに有機的な廃棄物を魚や家禽の餌に変える事業)
ICE DREAMS
(イタリア)
牛乳、卵、人工添加物などのイタリアンジェラートの伝統的な材料の代わりに、水だけを用いてジェラートを作る革命的な方法を提供する。(ジェラートを作るプロセスをいくつかの簡単なステップに短縮化)
FOODTRACE
(米国)
農家がより効率的にターゲットバイヤーに生産物を販売することを支援する新たなICTツールを提供する。(ユーザーが農家やレストラン、販売店などに関するリストをカスタマイズし、コミュニケーションや商品販売のマッチングなどを行うことができるプラットフォーム)
COOKBOOTH
(英国/スペイン)
誰もがアクセスできる自己出版ツールを通じて、未来のクックブックを提供する。クックブックを通じて、プロもアマチュアも知識・経験・技術を文章化し、シェアし、マネタイズすることができる。(創造的なシェフや料理のグローバルコミュニティ/ソーシャル・レシピサイト)
KALULU
(イタリア)
農家とローカルな消費者をダイレクトに繋ぐサプライチェーンを構築することで、二酸化炭素の排出量を削減するとともに、地域コミュニティに対する農家の関与を拡大する。
URBAN PASTORAL
(米国)
食は社会・経済・環境の発展をもたらすものであるとの考えの下、食や農業ビジネスを集団化する。(例:垂直農法(vertical farming), 水耕栽培(hydroponics)など)
GREENONYX
(イスラエル)
スマートホーム機器を開発し、都市部においてボタン一つで”摘みたて新鮮”なスーパー・ベジタブルを提供する。(ブロッコリー、ほうれん草、ケールに匹敵する栄養を有するスーパー・ベジタブル(Khai-Nam)の自動生産)
IGNITIA
(米国/スウェーデン)
物理学や気象学の研究者が集い、高性能な天気予報に関する技術を提供することで、それまで信頼に足る天気予報が存在していない西アフリカなどの地域の小規模農家の日々の意思決定を改善する。
MINTSCRAPS
(米国)
レストラン等における毎月の食材の購入・廃棄コストを数千ドル単位で削減するため、分析データをもとに、食材廃棄に関するアドバイスを行うオンラインプラットフォーム。

参考)http://feedingtheaccelerator.com の掲載情報及び各社サイトの掲載情報をもとに作成。

こうしたデジタルテクノロジーを通じて、食糧の生産・加工・流通・消費・廃棄までの一連のプロセスを革新していくというIoFやFeeding the Acceleratorプログラムの視座、取り組みは、「地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等」を念頭に置いたわが国の6次産業化の取り組みとは一線を画すものである。

なお、IoFの対象領域をみると、既にサービスが普及しているものも含まれており、必ずしも全てが「食」に関する新産業の創出につながるものではないかもしれない。ただし、グローバルな新産業を米国主導で生み出そうとしている点、さらには、国を超えたグローバルな食糧の生産や受給に変革をもたらそうと試みている点において、上記の新たな潮流は、わが国の6次産業化が捉える射程を遥かに超えた「将来の社会ビジョン」を提示するものであるといえる。

図表2:Internet of Foodの対象領域

項 目 主な内容(例示)

Agriculture

○新たな栽培方法(水耕栽培、アクアポニクス)
○栽培管理(プレシジョン・アグリカルチャー:精密農業)
○廃棄物の削減、トレーサビリティの確保
○天候管理                                /等

Transforming

○工程管理、廃棄物の削減、トレーサビリティの確保
○3Dプリンティング技術の活用
○ミールキットの生産                         /等

Distribution

○E-コマース・マーケットプレイス
○物流・小売管理、広告、調理法の市場
○廃棄物の削減、トレーサビリティの確保             /等

Delivery

○クーポン、予約、支払い
○フードガイド、宅配、ソーシャルイーティング
○レストランの管理ソフト、飲食市場の分析ソフト
○廃棄物の削減、トレーサビリティの確保             /等

Learning & Sharing

○調理法、フード・コミュニティ、子ども向けの対応
○生産物(食物)のガイド、栄養と健康
○レストランのオンラインガイド、レビュー
○フードハッカソン、クラウドソーシング、クラウドファンディング
○廃棄物の削減、トレーサビリティの確保             /等

参考)http://seedsandchips.com/ の掲載情報をもとに作成。

2.デジタルテクノロジーと家事

○ロボットにより自動化、代替される家事

わが国では、1982年に日本ロボット学会が設立され、国内のロボット研究に関する学問的な蓄積や今後の課題の共有が進められた。また、1980年代には家庭や医療機関などにおける「サービスロボット」、家庭への導入を目的とした「マイロボット」に関する各種構想が提唱され、社会的な関心を集めたとされている(注6)

しかし、家庭へのロボットの導入・普及に向け、当時実施されたニーズ調査では、掃除、食事の後片付け、スポーツや勉強の相手などに関して、ロボットによる代替・自動化のニーズが明らかとなった一方、「家庭内のコミュニケーションの基礎となる活動」としての「育児」や「料理」に対する自動化のニーズは低いという結果が示されている。

こうした観点から、その後の家事労働の「機械による代替」は、掃除や食器洗浄などの領域を中心に拡がり、その結果、現在では掃除ロボットなどが家庭で活動することに対し、強い違和感を覚える人は少なくなりつつある。また、2014年には、日本発の提案として生活支援ロボットの国際安全規格(ISO13482)が発行され、わが国の介護支援ロボットがその第一号として認証を受け、介護をはじめとした福祉サービスの領域にもロボットが導入されつつある。

○食の変化に対する感覚と最先端の研究がもたらす可能性

一方、依然として「料理」の分野に対するテクノロジーの”介入”には、SF作品が描くディストピアに対する人々の先入観に似た否定的な見方が強い。しかし、食品製造業における多種多様な加工(生の状態で保管することのリスクの回避)や必要な栄養素の充足を重視した補助食品の供給は既に行われているとともに、家庭での調理器具の高度化・自動化は日々進歩している。

このように、「食の豊かさ」「豊かさとしての食」という感覚を維持しつつ、実際には、既にテクノロジーは「つくること」「たべること」に深く浸透している。さらに、家事のなかでも掃除等に比べ、特に、身体性が関連する「食」の領域では、脳化学をはじめ様々な最先端の研究が新たなイノベーションをもたらす可能性がある。そして、今後、例えば味覚・臭覚の数値化に基づくロボット調理や、粉末食材を活用したフードプリンティングなどの技術が社会に導入・普及していくことで、家庭や社会における「食」を取り巻く風景は、今後5~10年の間に大きく変わる余地、可能性があると考えられるのである。

3.女性の社会進出と日本人の家事労働の長さ

「日本再興戦略」では、人口減少社会のなかで長期的な視点に基づく少子化対策や、労働の質の向上による労働生産性の向上を通じて「稼ぐ力」を高めていくことが掲げられている。また、労働の質に加え、女性の更なる社会進出・活躍推進を通じて、「質と量の両面」から経済の成長を図ることが重視されている(注7)

しかし、日本人の1日の生活行動をみると、男女の食事を「たべる」行為に関する行動時間には差異はないものの、食事を「つくること」(食事の管理)に要する時間には、男女間に大きな違いがみられる。また、日本人女性の家事にかける行動時間は、他の先進国に比べ長い傾向がある。こうした背景には、家事の役割分担に関する社会意識や家族構成など様々な要因が考えられるが、女性の就業者の増加、国が重要施策として推進する女性の社会進出の取り組みを踏まえると、「食」に関する時間(つくること、たべること)の効率化・短縮化への社会的・政策的なニーズは、他国に比べ高いとみなすこともできる。

図表3:1日の生活行動の平均時間に関する性別比較(週全体) 単位:分
1日の生活行動の平均時間に関する性別比較(週全体) 単位:分

注釈1)生活行動のうち、食に関する行動を抜粋した。また各区分の定義は以下のとおりである。
「食事の管理」:食事の準備に関連した行動(例:料理をする,料理を温める,コーヒーを入れる,弁当を作る)/食物の保存に関連した行動(例:自家消費する漬物作り,ジャムを作る,作った料理を冷凍庫(冷蔵庫)で保存する)/食事の後片付けに関連した行動(例:食卓を片付ける,食器を洗う,食器をふきんで拭く)
「食事」:朝食(午前4時以降午前11時前に開始する食事)/昼食(午前11時以降午後4時前に開始する食事)/夕食(午後4時以降午後12時前に開始する食事)/夜食(午前0時以降午前4時前に開始する食事)/軽飲食(間食、軽飲食をとること)
注釈2)当該生活行動を行う者の平均値は、小分類単位で行動者の平均として算出されているため、小分類単位の合算値は大分類・中分類の平均値と一致しない場合がある。
資料)総務省統計局「平成23年社会生活基本調査結果」より作成。

 

図表4:1日の生活行動の平均時間に関する国際比較(週全体) 単位:時間
1日の生活行動の平均時間に関する国際比較(週全体) 単位:時間

注釈1)日本は「平成23年社会生活基本調査 詳細行動分類による生活時間に関する結果」。小分類レベルでEU比較用に組替えた行動分類による。韓国はKorea National Statistical Office, “2009 Report on the Time Use Survey”。アメリカはU.S.Bureau of Labor Statistics(BLS), “American Time Use Survey‐2011 Results”。カナダはStatistics Canada, “General Social Survey ‐2010 Overview of the Time Use of Canadians”。EU諸国はEUROSTAT, “Comparable time use statistics ‐ National tables from 10 European countries – February 2005″。
注釈2)生活行動のうち、食に関する行動を抜粋した。
資料)総務省統計局「平成23年社会生活基本調査結果」より作成。

 

4.食とテクノロジーの関係性:ディストピアでも機械による代替でもない未来

われわれの食生活のなかには、「豊かさとしての食」と「効率性を求める食」の2つの領域が、既に存在している。こうしたなか、今後、テクノロジーの一層の普及により、先に挙げた「効率性を求める食」の領域が拡大していくことで、両者が明確に二極化していくことも考えられる。

ただし、「効率性を求める食」の領域の拡大が、「豊かさとしての食」の脅威であると捉えることは適切ではない。先述のように、テクノロジーと人間の行為の関係は、必ずしもシンギュラリティに関する論争やSF作品により描かれる「代替関係」に至るわけではなく、人間とテクノロジーが協調・相互補完し、効率性の向上に加え、人々に効用の拡大を生み出していくものと捉えることが現実的であろう。また、最近話題のソイレント(注8) をはじめとした新たな栄養食・機能食は、食卓を囲みゆっくりと食事を楽しむ機会を消失させる脅威ではなく、料理を「つくる」「たべる」という行為に多様な”選択肢”を生み出すものと考えることができる。さらに、食を「つくること」「たべること」の効率性は、例えば、途上国の人口爆発による食糧問題に対する処方箋の提供など、生産/加工/流通/保管/廃棄など周辺領域に様々な社会的影響をもたらし、食に関する社会的・政策的な選択肢の幅を広げていくものと推察することもできる。

他方、新たな調理器具などを通じて、「豊かさとしての食」の領域においても、新たな調理法が生まれ、「食」を通じた効用の拡大が生じる可能性もある。また、「効率性を求める食」の領域の拡大の結果、例えば、週末は「豊かさとしての食」を享受したいという欲求、ライフスタイルが今以上に拡大し、結果として、食にかける時間や消費額の総量が拡大していく可能性もあるのではないだろうか。

本プロジェクトでは、今後数回にわたり、「食(つくること/たべること)」を事例に、新たなテクノロジーの台頭により、現在の社会慣習がどのように変化していくのか考えていくことにしたい。

(注1)弊社では、自主研究の支援枠組みとして、将来の新しい事業創出をめざした社員の研究・活動に対し投資「インキュベーションファンド」を設けている。本プロジェクトは、同枠組みの助成を受け実施するものである。
(注2)六次産業化・地産地消法の前文
(注3)農林水産省「六次産業化・地産地消法の概要」
(注4)六次産業化・地産地消法の前文
(注5)同プログラムで選定された10社は、次のサイトで紹介されている。(http://feedingtheaccelerator.com/2015/07/the-food-tech-teams-selected-to-be-the-stars-revealed/
(注6)本稿では、わが国におけるロボットの研究開発、普及に関する社会的文脈について次の文献を参考とした。久保明教(2015)『ロボットの人類学 -二〇世紀日本の機械と人間-』世界思想社
(注7)「日本再興戦略」改訂2015
(注8)soylent – https://www.soylent.com/
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