国内外の統合報告における気候情報開示・TCFD提言対応(1)金融

2018/08/28
環境・エネルギー部 研究員 立石 大二
環境・エネルギー部 主任研究員 奥野 麻衣子

1.はじめに~TCFDとは

企業の気候変動に関する情報開示の動向が世界的に注目されている。特に、金融安定理事会(FSB)の下に設置された「気候関連財務情報開示タスクフォース(以下、TCFD)」による最終報告書(TCFD提言)が2017年6月にG20へ提出されて以降、CDPをはじめとする企業の非財務報告やESG情報開示に関する様々な国際的枠組が、TCFD提言との整合化を進めている。

TCFDは、金融市場参加者の気候関連の財務リスクに関する理解を促すため、一貫性、比較可能性、信頼性、明確性、効率性をもつ自主的な情報開示に関する提言の作成を目指している(注1)。下表は、提言が推奨する開示内容の要約である。

図表 1 TCFDによる提言と推奨される開示内容
図表 1 TCFDによる提言と推奨される開示内容

(出所)Final Report Recommendations of the Task Force on Climate-related Financial Disclosures, June 2017より
三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成

我が国でも9月に向けて統合報告の公表がピークを迎えるが、TCFD支持を表明している日系企業の報告書の中にはTCFD提言への言及や対応する開示も一部見られるものの、本格的な対応は今後数年をかけて進捗することが予想される。 そこで、本稿では、海外(英、仏、米)や国内の企業の統合報告におけるTCFD提言対応状況について初期的な事例調査を実施した結果をシリーズで紹介する。第一弾として、本稿では金融セクターの海外事例を報告する。

2.金融セクターにおけるTCFD提言対応事例

(1)調査対象

金融セクターにおける海外事例は、AXA(保険、フランス)、Citi(銀行他、米国)、Aviva(保険、イギリス)の3社を調査対象とした。また、今回は各社が自らTCFD提言対応と明記している情報開示を調査している。各社のTCFD提言に対応した情報開示の記載箇所は以下のとおりである(図表 2)。

図表 2 調査対象企業のTCFD対応状況

企業 TCFD提言対応した情報開示状況
AXA
  • TCFD提言に対応したレポート「Climate-related investment & insurance report」を公表(2018年4月)
  • 2017年財務報告書に上記レポートの要約を記載。
Citi
  • 年次報告書を補完する「Global Citizenship Report 2017」(2018年4月公表)で提言に対応するとともに、開示推奨項目に該当する情報がある文書(環境・社会リスク管理方針など)を紹介。
Aviva
  • TCFD提言に対応したレポート「Aviva’s climate related financial disclosure 2017」を公表(2018年3月)。
  • 2017年年次報告書に上記レポートの要約を記載。

 

(2)概況

TCFD提言の中核的要素である「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」に沿った各社の開示内容例を以下に示す(図表 3)。本報告の以下の記述は、各社がTCFD提言対応と明記している下表出所の資料に基づいている。

図表 3 調査対象企業のTCFD対応開示例
図表 3 調査対象企業のTCFD対応開示例

(出所)以下に基づき三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
Aviva “Annual report and accounts 2017″, 同”Aviva’s climate related financial disclosure 2017″(2018年3月).
AXA “Registration Document 2017″, 同”Climate-related investment & insurance report”(2018年4月).
Citi “Global Citizenship Report 2017″(2018年4月), 同” Environmental and Social Policy Framework”(2018年4月).

●「ガバナンス」については、各社とも比較的提言通りの似通った情報を開示しており、大きな違いは見られない。コーポレートガバナンス情報については各社とも以前より開示を進めていたこと、また気候関連以外の経営課題に関してもガバナンスの構造は同じであることが背景にあるだろう。TCFD提言が、「取締役会やその委員会が戦略やリスク管理政策のレビューの際に気候関連問題を考慮しているか否か」の開示を推奨しているため、気候関連課題を担当する委員会の開催や報告のプロセス・頻度に加えて、気候関連課題をカバーする全社的戦略・方針(企業責任に関するグループ戦略や環境・社会リスク管理方針など)に言及するケースが見受けられた。

●「戦略」については、各社の特徴が大きく出ているため、次項にて詳しく述べることとする。

●「リスク管理」については、AXAは企業との対話(エンゲージメント)に、Citiはプロジェクトファイナンスの管理方針に言及しており、保険(及び資産管理)と銀行という業種の特徴がリスク管理プロセスの記述に影響したと思料される。

●「指標と目標」については、「気候関連リスクの重要性が高い場合には、関連のパフォーマンス指標が報酬規定に取り入れられているか」に着目したが、該当すると思われる記述は見つけられなかった(注2)

(3)「戦略」の記述について

ここでは、各社の開示内容に大きな違いが見られた「戦略」について特徴を記述する。TCFD提言で、重要な情報開示の一つとして挙げられているシナリオ分析も、「戦略」項目での開示が推奨されている。

TCFD提言は戦略について、気候関連リスク・機会とそれらがビジネスに及ぼす影響、及びシナリオ分析に基づいた組織の戦略のレジリエンスの説明を求めている。戦略に関する各社の開示内容は、「ガバナンス」や「指標と目標」に比べ大きな違いが見られ、シナリオ分析結果を開示したかどうか、識別したリスクを時間軸によって明示的に分類したかどうか、財務的影響を定量的に示したかどうかなど、三者三様である。他方、共通の傾向として、提言が気候関連のリスク・機会の両面の開示を推奨しているのに対し、各社の開示情報はリスクに関する記述が多くなっている点が指摘できる。これは、FSBが金融システムの気候関連リスクに対するエクスポージャーを利害関係者がよりよく理解できるような(注3)情報開示の開発をTCFDに求めたという経緯を考慮すれば、提言の意図に適っているといえるだろう。

①AXA(フランス・保険)

各社ごとに内容を見ると、AXAがテスト段階の算出アプローチの試行結果との留保付きながら、シナリオ分析により株式と社債の保有ポートフォリオに対する影響を定量的に示していることが注目される。このシナリオ分析では、気候関連リスクと機会の影響(ポートフォリオ価値の減少もしくは増加)が、以下の手法で定量化されている。

リスクについてはCOP21に際し各国が提出した温暖化対策に関する目標である「自国が決定する貢献案(INDC:intended nationally determined contribution)」に基づき、温室効果ガスの排出削減目標量を国・産業セクター・企業と細かい単位に割り振り、削減目標量に予測削減コストを乗じることで、企業における排出削減コストを試算している(企業への削減目標量の割り振りは、企業が保有する資産・施設の排出データに基づく)。機会に関しては、特許データベースを用い、企業の持つ特許の中から低炭素関連特許を抽出し、それらを論文引用件数などに基づく価値評価により収益機会を算出している(注4)

こうして企業ごとのコストと収益双方を考慮した結果、INDCシナリオが企業に与える財務上の影響は正負いずれでもあり得る。株式ではこれらを考慮した企業の現在価値を算出し、社債では収益増減による信用スプレッド変動を加味し、シナリオがポートフォリオに与える財務的影響を試算している。その結果は株式で6,300万ドルのマイナス(パーセントでは-0.3%)、債券で1,800万ドルのマイナス(-0.01%)となっている(注5)。この金額はポートフォリオの市場価格とシナリオを想定した現在価値の差分である。

この分析では排出削減コストと低炭素関連の特許のみに着目しており、シナリオ下で実現するリスク・機会のすべてを網羅するものではないが、そもそもTCFD提言が要請しているのは、シナリオの説明とその検討により組織のレジリエンスを説明することであり、「詳細な結果や予想を提供とすることは目的とはされていない」ことに留意されたい。

②Citi(米国・銀行他)

Citiは座礁資産や石炭セクターからのダイベストメントなどについて情報を開示している。座礁資産については、炭素集約度が高いセクターに属する顧客の信用リスクが高まることに懸念を示しており、大企業の債務弁済能力に重大な影響は見込まれないものの、小規模企業については石油価格の安値が継続し、規制リスクを適切に管理できなかった場合にリスクがあると分析している。座礁資産のリスクに対しては、3年から5年という時間軸が設定されている。この時間軸の意味合いはレポートの記述からは必ずしも明らかでないが、リスク顕在化の時期の想定であると思われる。

また、気候変動対応のため化石燃料が燃やせないことによる資産の座礁(資産価値の毀損)に加え、干ばつ(水不足)も資産を座礁させ得るリスクと捉え、シナリオ分析を進めている。分析結果の公表には至っていないものの、4か国における5つの干ばつシナリオを作成し、各シナリオ下での顧客へのインパクトに関し情報収集を進めており、干ばつリスクの理解深化が必要だとの認識を示している。干ばつリスクが実現する時間軸は不明だが、実現可能性は高いと見込んでいる。

TCFD提言は、気候関連シナリオの具体例として2℃以下シナリオを挙げているが、それ以外にも自社に関連がある場合は、物理的気候関連リスクの高まるシナリオの考慮を推奨している。Citiの干ばつに対するシナリオ分析は、この推奨に応えるものと見ることができるだろう。

ダイベストメントについては、石炭セクターに対する与信エクスポージャーを次第に減少させる計画について言及している。これはTCFD提言の別冊に含まれるセクター別補助ガイダンス(銀行向け)が化石燃料関連資産に対する与信状況を開示推奨の対象としており、これに対応するものと見ることができる。

③Aviva(イギリス・保険)

Avivaは、ビジネスにより注視するリスクの時間軸が異なり、損害保険では気候変動の物理的リスクを中心に18カ月の見通しを持っているが、生命保険や年金商品の提供者としては、数十年先の支払い履行を確実にするため、移行リスクがより重要となる長期の目線で投資リスク選好・許容の程度を見極めるとしている。

そして、保険セクターが気候変動により影響を受ける経路は多様であるとしながら、英国健全性規制機構が示した3つのリスク要因として移行リスク、物理的リスク、賠償責任リスクを挙げ、それらに対する認識を示している。賠償責任リスクは限定的である一方、物理的リスクでは欧州での集中的な災害発生時にグループ全体で1億5,000万ポンドの欠損金を想定しており、こうした事象に対し再保険の適切性を年次でレビューしている。移行リスクに対しては、積極的なエンゲージメントを行うことが投資家の責任に含まれるという認識を示している。

3.考察

今回調査したTCFD対応の海外事例に共通する特徴として、提言の開示推奨に対し、対応途上の段階であっても留保付きで出来る限りの開示を行っていることを指摘できる。留保付きの開示に至らない内容であっても、準備状況を示し、開示目標時期を示す記述も見受けられた。TCFD提言は、効果的な開示のための原則として「時宜にかなった開示を行う」ことや「信頼性があり、検証可能で、かつ客観的な開示を行う」ことを挙げている。投資家の期待に応えるには、対応途上の段階から、情報の信頼性・検証可能性・客観性を担保しつつ、積極的な開示を行うことが肝要といえるだろう。

(注1)2015年12月4日付FSBプレスリリース”FSB to establish Task Force on Climate-related Financial Disclosures”, 2018年8月22日閲覧.
(注2)Barclays(銀行他、イギリス)は、TCFD提言と明示的に紐づけてはいないが、報酬委員会が企業責任を含む非財務パフォーマンスを報酬決定の際に考慮するとしている(Barclays PLC, “Environmental Social Governance Report 2017″(2018年2月)).
(注3)2015年11月9日付FSBプレスリリース”Proposal for a disclosure task force on climate-related risks”, 2018年8月22日閲覧.
(注4)AXAのレポートの開示情報によると、各低炭素関連特許には評価に基づき「特許スコア」が与えられる。そして、リスクの定量化の際に計算した産業セクターの排出削減コストをセクター全体で合計(国単位の合計ではなく世界全体で合計)する。このセクターごとの削減コストを、機会の定量化では当該セクターの収益額と想定し、収益額を特許スコアに基づき個社に配分するという手法がとられている。
(注5)これらは移行リスクに関する試算であり、物理リスクの影響推定は別途行っている。
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