菅政権の終わり
菅前首相が続投をあきらめたのは、新型コロナ対策についての国民の「不満」が原因だと言われています。緊急事態宣言が解除された10月初めの時点で振り返って考えると、一体何が「不満」を生んだのだろうと、問い直したくなります。
新型コロナについて菅首相は、「有効な手段はワクチン接種だ。これにまい進する」と言い続けてきました。事実、ワクチン接種は、デジタル化の遅れの弊害があからさまになった昨年春の定額給付金(10万円)とは異なり、迅速に行われ、人口当たり接種率は9月の段階でアメリカを抜きました。感染者数の減少の原因についてはコロナ分科会でも意見が分かれましたが、ワクチンの効果は否めないでしょう。菅首相の対応は基本的には正しく、しかも政策の実行に力を尽くされたと、私は今でも考えています。
では、対策の誤りはなかったのか?残念ながらありました。先月、このコラムで説明した今年6月21日から、飲食店での酒類提供を許可した判断です。しかもこの判断は、「飲食店に息継ぎの時間を与えるため」というよく分からない理由でなされたのです。
変だと思いませんか。もし酒類提供を解除して問題がなければ、そのまま提供を許可し続ければよいのです。「息継ぎ」というからには、一瞬の解除後にまた規制しなければならないことが初めから分かっていたことになります。そんな状態で息継ぎをさせ、さらに長い規制が続くのでは、飲食店への救いにさえなりません。
結局、この判断は、飲食店の声を背景にした一部政治勢力の不満が高まっていて、一度は彼らの声に耳を傾けなければならない、といった事情からだった気がします。感染症の対応において、そういう事情に動かされるのはまずいです。私も分科会の構成員で、この時の判断を認めていますから、以上は自戒を込めたコメントです。
菅首相については、コロナ問題についてのコミュニケーション不足も指摘されます。たしかに口数の少ない方ではありますが、それをハンディキャップにしない妙策がありました。その妙策を十分生かさなかったのが不運です。
妙策とは何か?新型コロナ問題に言及するときは、可能な限り尾身座長に一緒にいてもらい、尾身さん、菅さんのTwo Shot、ジョイント・コミュニケにすればよかったのです。一回、そのような場面をテレビで見ましたが、なかなか良いなと思いました。友人のように、時には菅さんが尾身さんに問いかける。尾身さんが笑顔で答える。このスタイルを貫けばよかったのです。
残念ながら、そうならなかった。なぜなら、官僚の中に尾身さんの行動が「出過ぎている」と感じ、好ましく思っていなかった人が多かったからです。おそらく政治家の中でもそうでしょう。私は経済財政諮問会議の関係で内閣府とも仕事をしますから、霞が関の「尾身は許せぬ」という空気、肌で感じました。官僚は政治家の指示で動きますが、尾身さんは時に自分の意見をはっきり言います。だから官僚は反感を抱く。でも、自分の意見をズバズバ言うことで尾身さんに人気があるわけですから、この際、尾身議長と一体の行動をとることを決断すべきだったと思います。
さて、岸田政権が誕生しました。世評では、この政権は分配政策を重視するとか、改革路線から外れるとか言うことですが、私の意見は違います。何しろ、11月の頭には衆院選があるのですから、分配を言うのは当然です。勝てるコピーを出さなければなりません。
では、何が岸田政権の目玉か?それは「外交」です。ほとんどの閣僚が入れ替わりましたが、茂木外務大臣が留任となったことがすべてを語ります。(岸防衛相も留任ですから、地政学的政策が目玉と言ってもよいかもしれません)
今年から来年にかけ重要になる外交問題を上げたらきりがありません。一つ上げると、TPPへの中国と台湾の加盟の同時申し込みです。
このテーマは総裁選でも取り上げられ、記者から「台湾を入れますか、中国を入れますか」と、心配したような質問がありました。なぜ心配するのか?アメリカが抜けたTPPを日本が何とか11か国でスタートさせることに成功し、それに中国と台湾からの加盟申し込みがあったのです。英国の加盟交渉開始と合わせて加えて考えれば、まさに大成果です。門前、市をなすとはこのこと。これからの世界貿易体制の行方を決める軸に日本が浮上した。これをどう生かすかが政治家の腕の見せ所です。
国の産業への関与が明らかな中国を、簡単にTPPに迎え入れられるわけがありませんが、加盟を認めるか、認めないかは、(超)長期に決めればよいことです。トルコのEU加盟など、1987年にトルコが加盟申請してから34年が経過して、いまだに決まっていないのです。
むしろ、この機会に中国に対して、「お前のこういうところが嫌われる。直せ」とひざを突き合わせて議論するべきだと思います。そういう絶好の機会として、中国の加盟申請を扱うべきです。
お問い合わせはこちら
テーマ・タグから見つける
テーマを選択いただくと、該当するタグが表示され、レポート・コラムを絞り込むことができます。