財政に求められる三つの課題
最近、旧知の伊藤元重さんと、政策分析ネットワークという組織が運営しているオンラインの番組で45分の対談をしました。伊藤さんとは、ともにアメリカのロチェスター大学の博士課程を卒業し、同じ先生(国際貿易理論の大家ロナルド・ジョーンズ)に師事したという共通点があります。ところが、経済の問題を二人で真剣に議論したという経験がなく、今回が初めてでしたが、本当に意見があってまことに痛快でした。
伊藤さんからは、日本の経済財政運営に対する提言を3つしてくれと言われました。そこで私がボードに書いた提言は次の3つです。
- 「単年度予算」原則からの決別を
- デジタル化されたデータを集積し、データに基づく財政の「成果」の徹底検証を
- インフレ率2%(政策目標)が実現した場合の財政方針の議論が必要
1の「単年度予算:というのは、経済財政諮問会議の民間議員になった時に初めて知ってショックを受けた項目です。この方針の最悪な点は、しっかりした経済計画に裏付けられた政策ではなく、バラマキが歳出の中心になりやすいことです。
たとえば脱炭素化の政策は、2050年までのカーボンゼロとか、2030年までのカーボン半減を目指します。10年単位、30年単位の歳出のコミットメントが必要になるわけですが、単年度主義ではそれができない。
アメリカのバイデン政権がまとめようとしている対策でも、グリーン、ヘルスケアに関わるものは10年単位の政策にしている。(10年で2兆ドルの対策)これに対し、最初に決まった1.9兆ドル対策の中心は「給付金」です。
長期的な予算が重要になるのは、最近世界的に産業政策の意義が高まってきて、それもかなり政策的コミットメントが強くなっているからです。たとえば、これから日本の再エネ政策の中心に浮上しそうな「洋上風力」については、官民協議会が2030年までに30GWの発電を目指すといったコミットメントがうかがわれます。
次の「成果の検証」という提案についてです。バラマキが中心になる嫌いがある「単年度予算原則」ですが、それがなぜこれまで政策の中心だったかというと、複数年度を認めた場合、ろくに成果が上がらない項目に延々と予算が垂れ流しされる恐れがあったからです。しかし、それが問題だというのなら、別に「単年度」にこだわる必要はない。複数年度の計画が、期待通りの成果を上げているかを、データを使って精査し、上げていないようだったら、予算期限前に打ち切ればよいのです。
このようなまともな財政措置、「EBPM(証拠に基づく政策の管理)」が可能であるためにはデータの集積が不可欠です。残念ながら、日本のデータ環境は良いとは言えません。そのために、「応能負担」という性格の政策が実行できない。コロナの被害に対する救済を政府が行うといった場合も、「誰が困っていて、誰が困っていないか」といったことがデータを使って追えないのです。
さて、最後の2%のインフレが実現した後の政策です。日本は、政府、日銀が一体となって、2%インフレの実現を目指しています。インフレ率の上昇は実質金利の低下につながる。現在は名目金利がほぼゼロで、「下限」に達したと言われていますが、それでもインフレ率が2%に上がれば、実質金利はマイナス2%にまで下がり、期待収益率がゼロに近い投資プロジェクトまでも原則実行できます。
これが実際上、何を意味するかというと、日銀が国債を中心とした債券の購入を進め、金利をゼロまで下げることです。これが財政の援助にもなります。財政の持続可能性を図る重要な指標は「政府債務/GDP」(政府債務率)です。現在、日本ではこの値は257%という、とてつもない数字になっています。
この分子(政府債務)と分母(GDP)がどのように変化するか考えてみてください。分子は金利に相応して増加します。初めの政府債務が100兆円で、金利が3%なら、金利を加えた来年の債務は103兆円になります。分母のほうは、経済成長率に相応して増加します。初めのGDPが100兆円で、成長率が5%なら、来年のGDPは105兆円になります。
この数値例から分かると思いますが、「成長率>金利」ならば、政府債務率は減少、「金利>成長率」ならば、政府債務率は上昇します。財政がサステナブルになるためには、政府債務率が上昇を続けるのは困る。成長率と金利のどちらが高いかについて一般的に結論するのは難しいのですが、日本の場合には、日銀が長期にわたり「ゼロ金利」を維持してきました。日本の成長率は低いと言ってもゼロよりは高いですから、「成長率>金利」となり、政府債務率が高い水準でも、そのさらなる上昇をある程度抑えられたのです。
ところが現在、主要国ではインフレ率の急上昇が見られます。アメリカでも、ドイツでも前年同月比のインフレ率は6%に達している。日本はまだそこまでいきませんが、もしそうなったらどうするか。日銀がゼロ金利政策をやめることになったらどうするのか。少なくとも、この議論は始めるべきだと私は考えます。
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