欧米の対中競争 『戦線』拡大 ワクチン・太陽光 パワーを左右

2021/09/08

コロナ禍の中で世界は急速に変化しているが、中国と欧米先進国の対立が様々な領域に広がっていることは一貫している。国際経済学者の竹森俊平氏が解説する。

先進国では新型コロナウイルスのワクチン接種が進んでいるが、アジアの国の中でもシンガポールは全国民の8割の接種を達成した。
政府は、誰もが予約なしで無料接種できるように大量のワクチンを確保し、接種場所に行けない高齢者には自宅で接種。ワクチンについて科学的で、わかりやすい情報を広め、「接種証明」があれば自由な行動の機会が広がるようにした。
ところでシンガポール政府が公式に認めたワクチンはファイザー製、モデルナ製だけだが、公式ではないものの、中国製ワクチンも接種が認められている。
シンガポールと中国の経済関係は強い。中国政府は有効なワクチンとして中国製だけを認めている。より高い治験成績を持つファイザー製、モデルナ製も有効性を認めていないのだ。それで中国に出張の機会が多いシンガポール人は、仕方なく中国製ワクチンを接種する。
現在、主要先進国は中国製ワクチンの有効性を認めていないため、「ワクチン接種」が主要先進国への入国に必要になった場合、中国は孤立しかねない。
他方、世界保健機関(WHO)は中国製ワクチンを承認している。発展途上国でのワクチン接種は遅れている。欧米のワクチンは先進国での接種に回り、途上国へ供給する余裕がない中で、中国製は重症化率、死亡率を下げる効果があるとして、WHOは途上国への供給を念頭に承認したのだ。これを受けて中国は、アジア、ラテンアメリカの途上国に広範にワクチンを供給している。
中国は主要先進国への訪問の道を閉ざされ孤立するのか。194か国が加盟する国際組織のお墨付きを得た中国製ワクチンを、主要先進国はいずれ承認せざるを得ないのか。恐らくこれを決めるのは疫学的安全性だけではない。経済力も絡んでくる。ことはすでに「パワーポリティックス」に発展している。
中国市場を重視するドイツなどの企業人は、出張のために中国製ワクチンを接種するだろう。ギリシャ、スイスなど一部の欧州の観光国は、中国人観光客を期待し、すでに中国製ワクチンを入国条件に承認している。日本はどうするのか。いずれ中国製ワクチン接種の施設が国内にできるのだろうか。

次に太陽光発電を考える。政府が今年4月、2030年度の温暖化ガス削減目標を13年度比46%に引き上げたことを受けて、日本のエネルギー政策の方針、「エネルギー基本計画」では、再生可能エネルギーの比率を総電力量の30%台後半に引き上げる目標が立てられた。日本の立地に適しているが、実績の乏しい洋上風力発電は30年には間に合わず、太陽光発電拡大で目標達成が目指される。
多くの議論があるが、太陽電池の世界生産で中国が圧倒的シェア(占有率)と競争力を持つことの意味はあまり論じられていない。シャープ、パナソニックなど多くの企業が太陽光から撤退したものの、日本企業も住宅用の高価格太陽光パネルではまだ競争力がある。しかし、太陽光発電の大部分を占める事業用の太陽電池では、中国が世界の7割から8割の生産シェアを占める。そもそも中国製太陽電池の価格が7割も減少したことが、太陽光が安価な発電形態になった理由だ。
再エネ計画達成には、2030年までに太陽光発電を1.8倍に拡大することが必要だが、費用を低く抑えることを第一に考えるなら、中国製太陽電池を購入するしか方法がない。だが、それでは日本は主要エネルギーを中国に依存することになる。
参考になることがある。米政権は、強制労働が問題とされる新疆ウイグル自治区で生産されているという理由で、中国製太陽電池の輸入禁止の方針を出した。現在米国の太陽電池の生産はゼロに近いが、それでも国産化に踏み切るつもりのようだ。国内産業再生の重要性から考えても、日本は米国と協力し、太陽電池国産化を目指すべきではないか。

米国のアフガニスタン撤退は衝撃的だった。民主化と経済再生に尽くしてきた20年間の成果を、タリバン政権が無にするのを防ぐためには、西側の経済制裁だけが手段になるだろう。だが中国が同国に支援をして、その制裁効果を台無しにする危険がある。実際、同様の構図はすでに北朝鮮でも、ミャンマーでも見られている。
今年2月の民主政権に対する国軍のクーデターの後、日本を含む西側諸国はミャンマーに対する経済制裁を実施した。もう一段の制裁強化に踏み込めない理由は、元来反共思想が強く、中国とも対立していた国軍が、西側が制裁を強めた場合には、中国との同盟関係に踏み切るという懸念があるからだ。
ワクチンと同様、ここでも大事な局面で国際機関が顔を出すかもしれない。アジアインフラ投資銀行(AIIB)は、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」を背景に2015年に中国主導で発足したアジア途上国向け開発融資を専門とする銀行だ。発足当時は欧州での中国ブームの最中だったため、英仏独伊の欧州4大国が参加し、参加国は現在103に及ぶ。
英紙の6月の報道によると、西側企業が撤退する中、同行はミャンマーへ融資することが可能か、チェックリストを作成中ということだ。ミャンマーの中国シフトが決定的になった場合、AIIBを中国との折衝の場にして影響力をつなぎとめるというのは、いかにも欧州が考えそうなことだ。中国とのパワーポリティックスはますます複雑化している。

(読売新聞『竹森俊平の世界潮流』2021年09月03日号より転載)

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