備蓄放出 脱炭素に逆行 米の原油高対策 迷走

2021/12/03

新型コロナウイルスの感染拡大という不可解な災厄に世界は一年悩まされ続けた。状態が落ち着く日本とは対照的に、欧州の一部の国や隣の韓国では感染者が急増している。ウイルスのたんぱく質への接合を防ぐワクチンの中和抗体力は6か月を過ぎると急速に低下し、2回接種者からもブレークスルー感染が起きやすい。それでも入院率や重症化率は抑えられるので、国民の接種率を高めればコロナによる医療崩壊を防げる見通しが立つ。

しかし欧州のドイツ語圏などでは2回接種率が低く、しかも接種からの時間が経過してブレークスルー感染も増えている。それが深刻な病床のひっ迫を招いている。2回接種率を高めるため、接種を義務付ける国が欧州では増えているが、6か月を目途に第3回目(ブースター)接種の速やかな実行も不可欠だ。

そうした状況で、南アフリカ、ボツワナで伝染が早いとされる新たな変異株(オミクロン株)が発見され、多くの国が水際対策として外国人新規入国を規制する急展開となった。日本も11月30日から1か月の入国禁止を実施した。オミクロン株が、どれだけの脅威かが分かるのはこれから。主要国で接種済みのワクチンが、この株に有効かどうかがコロナ危機の行方を決める鍵となる。

このところ原油価格は急騰を続けていたが、新変異種の報道で直近では低下している。原油価格の上昇には需要側と供給側の要因があった。需要側要因は、ワクチン効果で社会的隔離が緩和される地域が増え、世界景気の回復が見えたこと。ただしオミクロン株がこの見通しを不確かにした。他方、供給側要因には構造的性格がある。

地球温暖化への国際対応を決めるために11月に英スコットランドで開かれた国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)の成果についての評価は分かれる。肯定的評価は、温暖化を1.5度以下に抑えるという目標に向け、ともかく世界的合意ができた点に注目する。否定的評価は、その目標を実現するための具体的な行動について、米中など主要国のコミットメント(確約)が得られなかった点に注目し、最終日にインド、中国の反対で石炭からの脱却を決められなかった展開を懸念する。それでも脱炭素化に向けた動きが必要という認識が世界的に一歩強まったことは確かだ。

そのことが現在の原油価格にも影響をもたらす。コロナが世界的に拡大した昨年、世界景気は大幅に減速、それを受けて原油需要は減退し、相対的にコストが高い米国のシェール石油業はとくに大きな打撃を受けた。その結果、ノースダコタなど一部の産地では生産規模が半分にまで減少した。原油高への転換を機に、生産者は生産をふたたび拡大するために再投資をするべきだろうか。まさにこの判断に、化石燃料からの脱却を求める世界的潮流が影響する。生産拡大のために再投資をしても、化石燃料脱却の動きがさらに進めば投資資金が回収できなくなるからだ。

原油価格の上昇が生産の拡大を呼び、それが原油価格を低下させるという循環が通常は見られるのだが、今回は生産拡大が起こりにくいため、原油価格の高騰は長引くかもしれない。

バイデン米大統領は、価格を抑えるために米国の国家原油備蓄のうち5000万バレルを放出すると発表した。これについて不可解な点が3つある。

第一に、本来国家備蓄はエネルギー供給の大動脈であるホルムズ海峡での有事といった、本当の緊急事態の際の命綱として使われるべきものだが、現在の高価格の原因は緊急事態ではまったくない。

第二に、米国政府はCOP26でも脱炭素化の推進を表明したばかり。原油価格高騰は化石燃料から脱却の動きを加速する好材料なのに、それに逆行する政策を打ち出した。

第三に、米国の放出量はまったく中途半端。現在世界の原油消費量は一日あたり1億バレルで米国の放出量はその半日分に過ぎない。これで価格を下げられるわけがなく、事実、米国の政策発表後に原油価格は上昇した。

日本政府も米国に追随して原油を放出する方針のようだが、緊急事態対応という備蓄の本来の目的に照らして意義のある政策か再検討するべきだ。

バイデン大統領の不可解な行動は、現在主要国のインフレ率が高まっていることが背景にある。10月の米国のインフレ率(前年同月比)は6.3%、ドイツも11月に6%を経験した。コロナ感染が抑制された後の需要回復、原油価格や賃金の上昇などが要因だが、米国の積極的財政政策の影響についても議論されている。

バイデン政権成立以来、給付金を中心にした1年間で1.9兆ドルの経済対策、5年間で1兆ドルのインフラ対策法がすでに成立し、10年間で2兆ドルという環境、医療福祉への政策もすでに下院を通過、これから上院での難しい折衝に入る。

インフラ対策までは協力した共和党も、2兆ドル政策は民主党の経済思想が詰め込まれたものなので猛反対する。バイデン財政が高インフレをもたらすという観測は共和党にとり恰好の攻撃材料となる。

来年の中間選挙を控え、バイデン政権は財政政策での成果が欲しいが、原油高によるインフレへの気配りを示す象徴的な政策も必要と考えたようだ。あまりにも迷走に近い政策だが、今後の世界的な政治の流れが、インフレ率上昇を国民がどう受け止めるかに大きく左右されることがこれからも分かる。

(読売新聞『竹森俊平の世界潮流』2021年12月03日号より転載)

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