停戦の仲介役 中国適任 ガス輸入 露へ強い影響力

2022/04/01

1989年5月のゴルバチョフ・ソ連共産党書記長(当時)の中国訪問は、スターリンが死亡した53年以降悪化していた両国関係の好転を証明した。それまでの両国の関係悪化の原因は、政治原理としての「個人崇拝」をめぐる対立だった。すべての権力がスターリン一人に集まるソ連の体制を中国でも構築しようとした毛沢東は、スターリン死後、ソ連で高まったスターリン個人の崇拝への批判が、やがて中国に広まり自身への批判につながることを恐れたのだ。

ゴルバチョフ、鄧小平の改革指導者の時代となり、両国は再接近する。ゴルバチョフ書記長は、成果を上げる中国の経済自由化から学ぼうとした。他方、経済では自由化が進んでも、政治では進まない中国では、天安門広場でのデモに参加していた学生の間で政治自由化を進める「ゴルビー」の人気がとくに高かった。ゴルバチョフ書記長の帰国を待っていたかのように、6月、中国政府は戒厳軍を広場に送り「天安門事件」が発生する。

毛沢東が経済を徹底的に破壊した後の中国では、経済自由化政策は干天の慈雨の効果をもたらし、目覚ましい成長を生む。他方、スターリン後のブレジネフ体制の下で、ソ連では軍需産業、エネルギー、農業の利益集団による政治権力の掌握が進み、改革を阻む岩盤となった。経済改革への障害は大きく、ゴルバチョフ書記長には経済の前に政治の自由化を進める必要性があった。

政治的な抵抗を緩和するために彼はバラマキ政策も実行したが、それで財政赤字が膨張し、さらに赤字を貨幣の増発で賄ったためにハイパー・インフレも起きた。経済の大混乱が招いた政治指導体制の崩壊が91年12月のソ連邦解体への道を開く。

この展開を見て西側では二つの神話が生まれた。いわく、「経済の自由化は、必然的に政治の自由化を招く」。いわく、「冷戦は終わった」。

実際には、経済と政治の自由化はソ連でだけ同時進行したが、その後の中露への西側の対応に神話が影響する。天安門事件後の中国に対し、西側政府は経済制裁をマイルドにとどめた。経済の自由化が進む限り、中国でも遅かれ早かれ政治の自由化が進む。政治自由化を強行し、体制崩壊を招いたソ連と比べ、見送った中国は賢明ではなかったか。いずれにしろもはや「冷戦は終わった」のだから、中露の行動に目くじらを立てる必要はない。神話に依拠して西側はこう認識したのだ。

だが一巻の最後に話の完結を見る小説と違い、歴史とは新たな展開を求めて生成を続ける生き物だ。ソ連崩壊という一時点の「静止画」から冷戦の終わりを結論するのは誤りだった。神話はウソだったのだ。天安門事件後の33年の歳月のなか、中国では経済発展が続き、世界第2位の経済大国に浮上するが、その間、政府は一度も政治自由化を明言しなかった。

中国の高度成長は旺盛なエネルギー需要を伴った。現在の世界のエネルギー需要の4分の1は中国による。その勢いを受けてエネルギー価格は長期的に上昇し、エネルギー輸出に依存するロシア経済を安定させた。

強権政治の復活を可能とする経済基盤が整ったところで、そうした政治変化が実際に起こった。事実上、無期限任期を目指すプーチン大統領も、習近平国家主席も、スターリン・毛沢東時代の再来のように、個人崇拝に基づく政治を進めている。

神話に縛られる西側の中露の新展開への反応は一貫性を欠いた。「帝国」の枠組み維持が究極の目的であるプーチン大統領は、独立国家共同体(CIS)内の共和国の西側への接近、とくに北大西洋条約機構(NATO)への参加を強く警告し、チェチェン、ジョージア、クリミアでは実際に軍事行動まで起こした。これに対し欧州連合(EU)、とくにドイツは共和国の接近を歓迎する一方、ロシアのチェチェン、ジョージアでの軍事行動は黙認し、クリミア占領後に対露制裁を発動したものの、同時にロシアへのエネルギー依存を一層強めた。

今回の戦争で、さすがに西側も冷戦の終わりという神話のウソに気づき、中露連携の脅威にも目覚めた。これが最大の収穫だ。現在西側は、すでにロシアの外貨決済を止めて国際貿易を困難にする一方、中期ではロシアからのガス輸入を漸次削減して経済打撃を与える強力な経済制裁を目指しているが、もし中国が、ロシアのために人民元を供給すれば貿易が可能になり、さらにロシアからのガス輸入を拡大すれば経済打撃も緩和される。

中国によるロシア支援の可能性に対し、米バイデン政権は強い警告を送った。それでも中国がロシアを支援するようなら、ガス価格高騰やウクライナ難民の膨張でいまや窮地に立たされているEUも、ためらいなく中国への経済制裁に乗り出す。中国の約9割の外貨収入源である米欧が協力すれば制裁効果は抜群だ。

ロシアが中国の助けを必要とする現状では、中国のロシアへの影響力も強まる。それゆえ中国は、現在の仲介役トルコより停戦の仲介役として適任だ。もし仲介に成功すれば、中国は国際的な枠組みへの発言力を一気に高める。ただし克服すべき課題が二つある。個人崇拝に立つ指導者を批判できない習主席の「毛沢東ジレンマ」、それに中国の台湾への固執だ。もし中国が台湾への軍事行動を起こせば、米欧協力による破壊的な経済制裁を受けることを西側が明示できれば、課題が一つ減り、中国の判断を容易にするだろう。

(読売新聞『竹森俊平の世界潮流』2022年04月01日号より転載)

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