電力・エネ投資 日本に不可欠 世界中でインフレ加速

2022/07/01

1990年代まで金融政策の議論はインフレ対策が中心だったが、21世紀になると主要国の物価上昇が鈍化し、低インフレやデフレに焦点が移った。その流れが一転、週末のドイツでの先進7か国(G7)サミットは、各国がインフレと景気後退を心配する緊迫した状況下で行われた。直近の米国、欧州のインフレ率は8%を超え、米国は過去30年で最大の利上げ(0.75%)を決定した。

商品価格は需要と供給の関係で決まるが、経済全体では需要の成長が供給の成長を上回った時に「一般物価の上昇(インフレ)」は加速する。インフレ率は消費と投資を合わせた「需要」と、生産能力や生産費を反映する「供給」の両方で決まるのだ。

すべての商品と賃金が同じ率で上昇するなら、価格表示が変化するだけで生活は変わらないはずだが、一般物価の背後にある個々の商品、賃金の変動にバラつきがあり、インフレの際には低所得者の賃金の伸びは低く、消費する商品の価格上昇は高い傾向がある。このためインフレは低所得者に痛手となり、インフレ期待が定着すれば加速する。

つまり、貯蓄で現金をため込んでも、その現金で購入できる商品は値上がりで次第に目減りする。一方、借金をして商品を買い、商品をため込めば、商品の値上げによるもうけが見込める。それゆえインフレ期待は、貯蓄の取り崩しと借金の増加を通じた商品への駆け込み需要を引き起こし、物価上昇を加速させる。

これを止めるには、中央銀行が利上げをして、貯蓄を有利に、借金を不利にしなければならない。保有証券を売り市場から流動性(現金)を吸収し、資金不足にして金利を引き上げるのだ。インフレ率が高いほど、より強力な利上げで「実質金利」を上昇させる必要がある。

米国と欧州のインフレには、前者は需要主導型、後者は供給主導型の違いがある。バイデン米政権は昨年、国民への現金給付を中心とした1.9兆ドル(約260兆円)の生活支援策を実行した。当時この政策につき、あまりに巨額な需要刺激策がインフレを招く、現金のバラマキより生産能力を拡大するのに不可欠なインフラ投資を優先するべきだ、といった経済学者の批判があったが、結果的にその批判が正しかった。

米国の連邦準備制度理事会(FRB)も判断を誤った。インフレ率は昨年も高かったが、FRBはこれをコロナ後の需要回復の中で生産能力の回復が遅れるための一時的現象と判断し、引き締めを怠った。その結果、インフレ率は直近8.6%まで上昇する。8%台といった高インフレでは、実質金利をプラスにするのにそれを上回る超高金利が必要になる。中央銀行が流動性を吸収し、そこまで金利を高める過程で、資産価格の暴落や、不況を招く危険は当然高まる。

他方、欧州のインフレはエネルギー価格高騰が主因で、ウクライナ戦争の影響が大きいが、ロシアは経済戦への下準備に昨秋から欧州連合(EU)へのガス供給を削減していた。エネルギー価格を除いたインフレ率はより低いが、それでもインフレ率2%という欧州中央銀行(ECB)の政策目標を大きく上回る。利上げに慎重だったECBも、7月の政策会合での0.25%の利上げ実行を表明した。

ECBが利上げに慎重だったのは、財政状態の悪い「問題国」への影響を心配したからだ。実際、公的債務が国内総生産(GDP)の1.5倍のイタリア、2倍のギリシャなどの国債金利と、安全資産(ドイツ国債)とのスプレッド(利回り差)は、投資家の危険回避行動で最近拡大している。市場の流動性を引き締めながら、同時に問題国の国債への資金の流れを維持するという難しい課題への妙案を、現在ECBは模索中だ。

インフレは問題だが、利上げというインフレ対策にも経済費用があり、中央銀行は苦慮する。長年低インフレに悩んできた日本では、今でも生産者がエネルギーや原材料費の高騰を価格に転嫁するのに慎重なため、インフレ率は欧米に比べはるかに低く、インフレ期待もまだ定着していない。それで日本銀行は、利上げの経済費用がインフレの損失を上回ると判断し、低金利政策を維持した。これを見た投資家が、利上げが不可避だった米国の高金利と日本の低金利の比較から、米国への資金シフトを有利と判断し、円売り、ドル買いに走ったために異例の円安となる。円安は日本の物価上昇圧力を強めた。

生産者が価格転嫁に慎重なことは消費者への打撃を減らすが、その分だけ生産者への打撃が増加することとなり雇用に悪影響がある。今後の日本でのインフレ対策については、財政、金融の両政策につき考慮すべき点がある。

第一に、インフレの大きな原因であるエネルギー価格高騰は、ウクライナ戦争を主因とするが、その深刻度と長期化の可能性は、EUがどれくらい真剣に脱ロシア化を進めるかに依存する。天然ガスでのロシア依存ゼロを3、4年の期限で本気で目指すなら、国際的なガス需給は今後ますます逼迫し、ガス価格のピークも3、4年先に来る。

第二に、日本で利上げが必要になった場合、公債残高がGDPの2.5倍の現状からして財政への影響が深刻になりかねない。今後の財政支出については、不可欠なものに絞り込む努力を進めるべきではないか。高エネルギー価格の長期化が見込まれ、猛暑が停電に直結する電力体制の脆弱性が表面化した以上、電力、エネルギーへのインフラ投資が不可欠なのは明白で、そのための財源をまず確保すべきだ。

(読売新聞『竹森俊平の世界潮流』2022年07月01日号より転載)

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