石油・ガス 止まらぬ高騰 生産力増強『再エネ重視』で停滞
ウクライナでの地上戦が膠着する中、ロシアと西側とのエネルギー戦というこの戦争の背景が明確になった。エネルギー転換期に立つ世界にとり厄介な問題だ。SDGs(持続可能な開発目標)、グリーンの掛け声の下、新エネルギー向け投資は世界的にブームだが、それとは裏腹に従来型の化石燃料への投資は置き去りにされ、直近のエネルギー供給の足かせとなっている。
脱炭素化達成目標の2050年でも化石燃料の世界需要は高い。国際エネルギー機関(IEA)予測では、コロナ禍で一時低下した世界的石油需要は、23年にはコロナ前19年の日量9800万バレルに回復し、30年以降に1億400万バレルの長期水準に到達する。天然ガスの需要拡大はより顕著で、20年と比較し30年の水準は18%、50年の水準は47%拡大する。化石燃料投資への逆風の中でこれだけ供給を拡大するのは容易でない。
21世紀への転換期前後の石油価格に問題が集約されている。プーチン露大統領がロシア共和国首相に就任した1999年の石油価格は20ドルを切っていた。それがリーマン・ショックの前年2007年まで上昇を続け100ドルに達する。石油価格の5倍増の最大原因はエネルギー多消費型の中国経済の急成長だ。主要輸出品である石油の価格上昇はロシア経済を潤し、プーチン政権を強固にする。
リーマン・ショックにより石油価格は一時下落するが、中国政府の大型経済刺激策の恩恵などを受け10年には再び100ドルを超える。ところが13年から14年にかけて大崩れし、16年に40ドルまで下がる。米国でシェール革命が起こったためだ。深い地層にあるシェール油田採掘には特殊技術が必要なためシェールは高コストな石油だ。それゆえコストが下がるか、石油価格がよほど高騰しなければ、投資家はシェール生産を決断しない。リーマン・ショック後に米国ではゼロ金利の金融政策が取られ、(金利)コストが低下する。石油価格の高騰と合わせて、これでシェール推進の条件が整う。実際米国のシェール生産は2010年代に倍増し、石油価格の急落を生んだ。
今回「救いの神」を米国シェールに期待するのは困難だ。第1に、一番希望が持てるパーミアン盆地を含めても、米国シェール油田の潜在生産力はすでにピークに達し、標準的方法では今後生産低下が見込まれる。第2に、流体やエネルギーを油層に注入して油の回収率を高める特殊な方法もあるが、コストが高くなる。米国で利上げが進み、低金利環境が変貌する中、化石燃料の先行きを悲観する投資家はこれに踏み込めない。世界を見回すと、シベリアのバジェフ層に手つかずの世界最大のシェール埋蔵量が存在する。その採掘には西側メジャーの先端特殊技術が必要だが、すでに2014年のロシアのクリミア併合に対する西側の経済制裁を機にメジャーは協力を見送ったので、まったくの宝の持ち腐れだ。
石油と代替性が強い天然ガスではカタールなどで増産が見込めるが、課題は輸送だ。ガスはパイプラインで運ぶか、液化天然ガス(LNG)化して船かローリーで運ばなければならない。これまで欧州北部、特にドイツにはLNG受け入れ基地がなく、ロシアからのパイプラインに依存していた。ウクライナ戦争で脱ロシア化が図られる中、欧州北部にはLNGへの転換という緊急課題が生じている。それがLNG国際市場への需要殺到につながり、LNGスポット価格は高騰する。現在ドイツは今後の景況を極度に悲観的に観測している。石油、ガスの需給ひっ迫でその痛みがやがて日本に伝わる。
石油、ガスの価格高騰で新エネへの取り組みが要らなくなるわけではない。それどころかドイツ政府が7月にまとめた新エネ計画は、電源構成に占める再生可能エネルギーの比率を現在の40%から2030年に80%に引き上げるとまで踏み込む。再エネには環境対応だけでなく、ロシアや中東からの欧州のエネルギー自立を可能にする利点がある。問題は再エネ転換が即座にできないことだ。再エネで状況が大きく改善するのは2030年以降。即効性に欠く点は原子力発電も同じで、いち早く進められた英国の小型原発計画の稼働開始も2030年代。エネルギー需給では4、5年の臥薪嘗胆が必要だ。
ウクライナ戦争勃発後、中国はロシアへの制裁や批判を避けてきた。エネルギー危機が進む中、従来欧州に向けられてきたロシア産エネルギーを安価に獲得しようと目論むためだ。北極海に臨むヤマルの液化ガス事業には、これまでフランスのメジャーも参画し、米国の高度な液化技術が活用されていた。西側企業の協力が見込めなくなる現在、事業存続を困難と見たのか、同地の天然ガスをパイプラインで中国に運ぶ事業転換が計画されている。ロシア・中国間にはすでに黒竜江沿岸を通るパイプラインがあるが、ヤマルからモンゴルを超え、中国の大消費地を目指す新パイプラインの巨大計画が2030年に完成と報じられている。
振り返れば「一帯一路」といった中国の対外戦略も、エネルギー供給の確保が大きな目的だった。中国は現在でもエネルギーの6割を石炭に依存するが、今後エネルギー危機が進行すれば、環境汚染を無視して石炭依存を強めるだろう。将来の国内生産の減少も視野に入れて、中国は石炭を海外で開発・輸入するための対外投資を一帯一路で推進してきた。
エネルギー転換で世界経済の脆さが露出するまさにその時期にロシアは軍事行動を起こした。日本も大胆な発想が必要だ。今後再稼働させる原発9基が西日本に集中するなら、政府、本社の機能を一時西日本に移す東日本大震災時に浮上した構想を実現してはどうか。
(読売新聞『竹森俊平の世界潮流』2022年09月02日号より転載)
お問い合わせはこちら
テーマ・タグから見つける
テーマを選択いただくと、該当するタグが表示され、レポート・コラムを絞り込むことができます。