伊 右派連合政権誕生へ 英新政権 市場混乱の教訓

2022/10/11

ソ連最後の指導者、故ミハイル・ゴルバチョフは製造業を中心にロシアの生産体制を立て直し、国民の創意工夫が生かせる仕組みに転換しようとして失敗。道半ばにソ連崩壊を見た。20年超に及ぶプーチン体制はこの発想を根本から否定し、核の傘の下にエネルギー資源を指導者が完全に掌握する仕組みさえあれば、大国の復活が可能と考えた。戦意も規律もなく、装備でも劣るロシア軍が、西側の軍事援助を受けたウクライナ軍を相手にまともな戦いすらできないのは、指導者の愚かな考えの報いだ。

決定的敗北の回避のためにロシアが打ち出した新方針は二つ。予備役に招集を掛け、30万人ほどの兵力追加を可能にすること。ウクライナの占領地域をロシア領に編入、絶対防衛圏として、これをウクライナ軍が攻撃すれば奥の手の「核」を使うと警告すること。

第1次(1905年)、第2次(1917年)のロシア革命が、いずれも不人気な戦争に招集されたロシア軍兵士の反乱から起こった歴史的経験からも、予備役招集は今後トーンダウンせざるを得ない。他方、決定的な敗北に追い込まれそうな状況で、ロシアが核攻撃にエスカレートする可能性は否定できない。

ウクライナ軍の攻勢に撤退を続けながらも、核とエネルギーを武器にして西側を揺さぶり、ウクライナ領内の勢力圏を認めさせるのが現在のロシアの作戦だ。

エネルギーを武器にした作戦自体は効果的で、その前に西側の結束が乱される兆候も表れている。イタリアの総選挙で、右派ポピュリズム連合が政権を獲得したことが一例だ。

1999年のユーロ加盟以来、成長をほとんどしていないイタリアでは、80年代までの中心政党はすでに消滅し、新しい政党は反欧州連合(EU)の意識が強い。2018年には右派(同盟)と左派(5つ星)が組んだポピュリスト政権が誕生し、当初はユーロ離脱といった過激な行動もほのめかしていた。それを止めたのはイタリアならではの仕組みだった。

イタリアの大統領職は象徴的ポストだが、政治が混乱した時には、戦前の日本の元老のように政治指導者を指名するといった強権を発揮する。この時も、ユーロ離脱支持者と見られた人物の経財相就任を、マッタレッラ大統領は承認せず、政治の流れを変えた。大統領との確執による政治不安はイタリア国債の金利上昇を招き、市場の力に屈服したポピュリスト政権は以降、穏健路線に転換する。

コロナの渦中でイタリアの政局が混迷した21年に、欧州中央銀行(ECB)の総裁としての実績を誇るマリオ・ドラギ氏を、議席を持たないテクノクラートの首相として指名したのもマッタレッラ大統領だった。全国民的な人気を得たドラギ首相だったが、挙国一致で彼を支持するはずの政党の間に分裂が起こり辞任を表明、それが今回の選挙につながった。右派連合がまとまったことと、「イタリアの同胞(FGI)」のジョルジャ・メローニ党首の新鮮さが評価されたことが理由で、選挙の結果、右派ポピュリスト連合政権の誕生となる。

エネルギー価格高騰でイタリア国民が被る犠牲を選挙中に訴えた右派政党の言動から、新政権がEUと離反し、親ロシア的方針を打ち出すという懸念もあるが、可能性は低い。EUは、イタリア政権をたしなめる十分な手段を持つ。EUの方針に反してイタリアが行動すれば、2000億ユーロ(約28・5兆円)に及ぶEU復興基金を受け取れなくなる。国債価格急落の際のECBによる緊急買い入れ措置からも外される。そうなればイタリアは市場に嫌われ、財政危機に陥るだろう。

発足当初の政権が、新機軸の政策を強引に導入しようとして市場に嫌われる展開は、現実に英国で起きている。保守党選出のトラス首相は、標準的な経済政策を嫌い、「減税(高所得層の税率引き下げ)」で英国の経済成長率を高めるという夢想に近い構想を、クワーテング財務相との二人三脚で進めようとした。

その結果が、9月23日の代替財源を明示しない減税策の発表だったが、たちまちイギリス国債の大暴落とポンドの大幅下落を招く。10%近いインフレに直面し、強力な金融引き締め策を実施中のイングランド銀行も、予想外の展開に無制限の国債買い入れという真逆の政策を実施せざるを得なくなった。

かつての米レーガン政権の時代のように、中央銀行が引き締めを実施する状況で、政府が減税をすると、財政赤字(国債発行)拡大により金利が上がり、それが海外資本を引き付けて通貨高になるのが普通だが、英国の確定給付年金の仕組みからして、今回は中央銀行が引き締め政策を転換し、買いオペに走らざるを得なくなると市場が読んだためポンドは大幅に下落した。

低金利の下で、年金資産に約束した利益をひねり出すために、英国の年金基金は金融派生商品を使った投機的運用をしていたのだ。この運用には、英国国債の価格が下がった(金利が上がった)場合に損失が生じ、取引相手に損失分を保証する追加担保を要求される危険があった。唐突な減税策の発表で、財政赤字の拡大懸念↓金利上昇という悪夢のシナリオが実現し、追加担保の資金繰りに追い詰められた基金は、中央銀行が緊急の買いオペで金利上昇を止めなければ破綻していた。

低インフレ環境では、積極政策のために国債を増発しても、中央銀行が国債の購入を増やすことで金利上昇が防げる。中央銀行が国債購入を拡大できない高インフレ環境では、代替財源の裏付けのない積極政策は金利上昇による経済への打撃を生む。日本もこの明快な教訓を他山の石とするべきだ。

(ミニ説明)
国債を買いたい人が多いと価格が上がり、利回りは下落する関係にある。逆に売りたい人が多いと利回りは上昇する。新発10年物国債の流通利回りは金利の代表的な指標となっている。

(読売新聞『竹森俊平の世界潮流』2022年10月07日号より転載)

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