米、中国対抗へ半導体新法 貿易『効率』より『安保』重視
中国共産党大会は10月、習近平(シージンピン)国家主席の異例の3期目就任を決めた。事前に予想されていたことだが、さすがに政府幹部を習主席側近で固めた人事は市場に衝撃を与え、直後に株価が下がった。中国が国際的孤立に突き進むことを市場が恐れたのだ。
米バイデン政権は同月に発表した「国家安全保障戦略」で、ウクライナへの軍事侵略により国際秩序を根底から脅かすロシアに加え、中国を「国際秩序の再構築を目指す意思と力を持つ唯一の競争相手」と名指しして、対抗する意思を明示した。中国への対抗力の強化には、①科学力、技術力、人材など米国の持てる力を一層向上させる②自由主義に立つ同盟国との結束を強める――などを挙げている。
この戦略にはすでに議会を通過した法案の裏付けがある。これは現政権の実績だ。民主、共和の勢力が伯仲する中、昨年までは政権が重要法案を実現するのは困難だったが、ウクライナ戦争という非常事態の結果、米国の国益を前面に立てた経済政策なら共和党も支持するようになったのだ。
「半導体支援法」は明確に対中国を念頭に置く。ITや軍事の技術の高度化を進めるには、最先端の半導体の使用による制御機能の向上が不可欠。米国技術を高度化する一方で、中国が利用可能な半導体を旧式にとどめれば、中国の技術を「ガラパゴス化」し、先端産業や軍事での米国との覇権争いから脱落させられる。
法案に基づき、米国は半導体の国内製造に520億ドル(7・6兆円)の補助金を出す。米国で製造する外国企業も支援を受けられるが、その代わり中国での半導体製造については今後10年、規模拡大や技術のアップグレードができないという条件が付く。
つまり米国は、「米国か、中国か」の選択を同盟国企業に迫っている。日本や韓国など半導体に競争力を持つ国の企業は、こうした米国の真意を測りかねていたが、10月には人工知能(AI)やスーパーコンピューターの中国での製造のために米国の最新技術が使われることを防止する輸出規制も発表され、米国の本気度が明らかになった。韓国の主要半導体企業は、措置の猶予や緩和を求める交渉を米政府とすでに開始しており、半導体大手SKハイニックスのように、中国生産からの撤退や米国への工場移転の可能性にトップが言及する企業もある。
電気自動車(EV)や再生エネルギーへの大規模な支援を中心とする「インフレ抑制法」は、エネルギー輸出をウクライナ戦での西側に対する武器として用いるロシアへの対抗を念頭に置くが、同時に中国の新エネ技術や米産業の支援も視野に入れている。
化石燃料を大量消費する自動車をEVに転換できれば、温暖化対策になるだけでなく、ロシアへのエネルギー依存の脱却も可能になる。そのためこの法案はEVに対する1台当たり7500ドルという巨額支援を含む。ただし、この支援を受けるために外国企業はEV生産を2024年まで米国に移転させなければならず、有力な外国企業の移転で米製造業を再生する狙いも明らかだ。
このように二つの法案は中ロに対抗するために、「米国の持てる力を一層向上させる」という国家安全保障戦略の一つの柱の実現を目指すものだ。それで米国が強力になるのは結構だが、西側同盟国がこの政策を無条件に歓迎しているわけではない。
10年ほど前まで、米国は自由、無差別で、しかも公平な世界貿易ルールを支持してきた。「無差別」を無視し、中国を名指しにして貿易、投資を制限する新方針は、世界貿易ルールを取り仕切る原則が「経済効率」から「安全保障」に転換したことを意味する。半導体支援法の場合、中国は半導体企業の重要な顧客で、それを失うことはアジアの生産者にとり大きな損失だ。
「公平」を無視して、米国が国内生産に支援金を支払うことも同盟国にとって脅威となる。ただ、これで製造の拠点が一挙に米国に移転するという懸念は、杞憂のようだ。米証券大手・ゴールドマンサックスの試算では、先端半導体を台湾の代わりに米国で生産した場合、生産費は44%上昇する。半導体製造におけるアジアのコスト優位は強く、この程度の支援では揺るがない。米インフレ抑制法で一番利益を受けるのはEV電池に強い韓国という観測もある。
米国製造業を強化し、エネルギー価格低下への道を開くことで、バイデン政権は11月の米中間選挙を有利に進めることを望むが、この選挙での勝敗を分けるのは現状のインフレ率やエネルギー価格なので、民主党は苦戦しそうだ。
それがあるため、バイデン氏は石油を2%減産させるという10月の石油輸出国機構(OPEC)プラスの決定を、石油収入を増加させることでロシアを助ける行為と強く批判する。しかし新エネルギーの生産拡大と化石燃料からの撤退のはざまで、石油が中期的に不足するのは確実で、中期的増産への弾みをつけるために、一時的減産で価格上昇を狙う石油産出国の判断は覆せそうもない。他方で、石油の米国内価格を抑制するために、欧州への輸出を規制するべきだという意見が米国内であるが、それこそ欧州同盟国を裏切る措置だ。「自由主義に立つ同盟国との結束を強める」という安全保障戦略の第二の柱を米国は忘れてはいけない。
ナショナリズムを旗頭にする現在の共和党が、バイデン政権の対中露方針を支援していることからして、中間選挙で共和党が勝利しても、米国の対外政策の方針が大きく変わることはないだろう。
(読売新聞『竹森俊平の世界潮流』2022年11月04日号より転載)
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