露産石油 価格抑制へ一手 EU 消費国カルテル形成へ
2008年秋の米証券会社リーマン・ブラザーズ倒産を機に、米国と欧州連合(EU)の間やEU内部で政治緊張が起きたことが示すように、世界秩序を揺るがすようなショックは国際対立を引き起こすのが通例だ。ウクライナの平和を破る突然のロシア軍進撃は、世界秩序へのショックとしてリーマンを超えるかもしれない。ところが戦争当初、世界は団結した。それまでのギスギスした米国とEUの間やEU内部の関係は、戦争が始まると円滑になり、ロシアへの経済制裁とウクライナへの軍事支援で統一行動がとられた。中国、インドなどロシアへの制裁、非難に消極的な国もいたが、多くの途上国もロシア非難で固まった。
しかし、これからが正念場だ。ウクライナ戦争はロシアと西側の間の経済戦でもある。ロシアがパイプラインを通じたEUへの天然ガス輸出の削減を武器にする一方、ロシア依存が強すぎてガス輸入の削減が困難なEUは、ロシアからの石油輸入を標的にした制裁を展開してきた。来週からはこの方面でのさらに強力な制裁に踏み込む。
つまり、すでに決められている船舶で輸送されるロシア産石油の禁輸に加え、EUは新たな措置を取る。①ロシアから輸入する石油に先進7か国(G7)で決められる上限価格を設け、②国際的船舶保険が集中する英国、EUの保険会社が、船荷のロシア産石油が上限価格以下の場合だけ保険契約に応じる――という措置だ。
無保険を嫌う船主が上限より高い価格のロシア産石油の輸送を拒否すれば、この措置により世界はロシア産石油の供給をこれまでより安価で受けられることになる。しかもロシアの輸出収入は抑え込まれ、ウクライナ戦継続にも支障が出る。それを狙う計画だが、新しいアイデアではない。石油輸出国機構(OPEC)の価格支配力が拡大した1970年代、価格を吊り上げる産出国のカルテルへの対抗に、消費国カルテルを形成して価格引き下げを狙う計画が西側で議論された。今回の措置はそのアイデアの実現を狙っている。
はたして成功するか?成功のためには、「カルテル破り」が蔓延しないことが必要だ。どこかの国が上限より高い値段でロシア産石油を求め、船主がその国に無保険で輸送するカルテル破りが起こり、それが蔓延すれば、計画は崩れる。実際カルテルが破られる可能性は無視できない。その理由を考えると、ロシア非難で一致しているはずの世界が、決して一枚岩ではないことも見えてくる。
第1に、欧州、米国、日本がロシア産の輸入削減を進める中、インド、中国、トルコはこれまで割引された価格で売られるロシア産の輸入を拡大することで利益を受けてきた。3国に限らず、経済苦境に立たされる途上国にとり安いエネルギーは魅力だから、上限価格を超えても、まだ他所より安いロシア産に飛びつこうとするだろう。
第2に、石油産出国の動きが問題だ。かつての石油消費国によるカルテルという計画にOPECは脅威を感じた。今回その計画が成功すれば、今後OPECに値下げを迫る切り札として定着しかねないから、サウジアラビアなど産出国は計画の失敗を目指した行動を取るかもしれない。大消費地の中国の需要がコロナによるロックダウンの影響で減少したため、現在の石油価格は年央に比べ低い。そのためOPECプラスは価格引き上げを狙って10月に減産を決めた。次の日曜日に開かれるOPECプラス会議での産油国の行動が注目される。
産油国連合とは独立に、上限価格を割り当てられたロシアが、この低価格では従前の生産の維持は割に合わないとして、単独で減産に踏み切る可能性もある。いずれにしても、現状での減産は世界的な石油需給を一層ひっ迫させ、上限価格を無視した貿易取引を助長しかねない。EUの計画は世界的な石油不足をひどくするだけに終わる危険も持つ。
問題をさらに複雑にするのは、脱炭素化が叫ばれる中でも、エネルギー危機を回避するために化石燃料の増産は不可欠で、増産を促すために石油、ガスの高価格も必要悪という認識が世界的に広まりつつあることだ。11月に開かれた気候変動枠組み条約締約国会議(COP)27では、途上国への経済支援がうたわれる一方、化石燃料からの撤退目標は提示されなかった。石油、ガス産業のロビー圧力による妨害をEUは批判したが、ロシア産からの脱却のために液化天然ガス(LNG)確保に飛び回るEUの本音と思えないという意見もある。
再生エネルギーの生産規模が拡大するのは2030年代を待たねばならず、中期的には石油、ガスの増産がなければエネルギー事情が苦しくなることは、ロシアのウクライナ侵攻前から予想されていた。経済制裁のあおりで、ロシア産の石油、ガスの国際市場への供給が今後急激に減少すれば、その穴埋めも含め、他の生産国による増産の必要性は一層高まる。
それと「脱炭素宣言」との折り合いをどうつけるか?化石燃料からの撤退の代わりに、化石燃料使用で発生する炭素を除去する「カーボンキャプチャー(CC)」を進める構想が、深層では主流になりつつある。再エネ推進を目玉にした米国政府がまとめた「インフレ抑制法」も、CCを進める条件を付けた米国内の石油、ガス生産への財政支援を盛り込んでいる。
異例の暖冬の恩恵を受けてEUのガス備蓄は予想を上回る水準にある。それが可能だったのは、ロシア産ガスの供給をEUが今年中は受けられたからだ。今やロシアはその供給を止めようとしている。そのため来年の冬には備蓄が底をつき、EUがLNG確保に走るために国際的ガス需給がさらに逼迫するというのが専門家の予想だ。西側の結束維持には、多方面の利害に配慮した包括的なエネルギー構想をさらに深化することが不可欠だ。
(読売新聞『竹森俊平の世界潮流』2022年12月02日号より転載)
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